目が覚めて最初にすることが、もうずっと同じになっている。枕もとのスマホに手を伸ばし、画面の明るさに目を細めながら、今日の星座占いを開く。
蠍座、総合運、恋愛運、仕事運。ラッキーアイテムとラッキーカラー。それを確認してからでないと、布団から出られない。おまじないみたいなもの。歯を磨くより先に星の言葉を読む朝が、もう3年くらい続いている。
2月13日、木曜日。バレンタインの前日。
蠍座の今日の総合運は「流れが大きく変わる兆し。自分の内側の声に従って」。恋愛運には「長く蓋をしてきた感情が動き出す暗示。
本当に求めているものを見つめ直して」と書いてあった。仕事運は「現状維持よりも新しい一歩を。午後に転機あり」。ラッキーアイテムは「ネロリの香りのもの」。
スマホを胸の上に置いて、天井を見た。
長く蓋をしてきた感情。本当に求めているもの。
心臓のあたりが、とくん、と重く脈打つ。この占いは、わたしの何を知っているんだろう。
12星座の言葉を毎朝読む理由
どの星座の欄にも、それぞれの今日が書いてある。おひつじ座の人は積極的に動いていい日。ふたご座の人はコミュニケーションが鍵。やぎ座の人は慎重さが吉。うお座の人は直感を信じて。
他の星座の運勢まで読むのは、自分以外の誰かの一日を想像できるから。隣のデスクの牡牛座の先輩は、今日「予想外の出費に注意」らしい。ランチに誘ったら奢ることになるかもしれない。
向かいの席の水瓶座の後輩は「人間関係に新しい風が吹く日」。そういう小さな想像が、出勤前のわたしをほんの少し社会につなぎとめてくれる。
だけど今朝は、自分の蠍座の欄から目が離せなかった。
「本当に求めているもの」
その言葉が、3日前の夜の記憶と重なった。
検索履歴に残った5文字
3日前の深夜2時。布団のなかで眠れないまま、スマホの光だけが顔を照らしていた。タイムラインには「土星と海王星が牡羊座の0度で重なる」「36年に一度の始まりのとき」という投稿が流れてきていて、ある占い師の言葉が目に刺さった。
「あなたが恥ずかしいと思っているその欲求こそが、新しいサイクルの扉です」
指先が冷たかった。エアコンはついていたのに、布団のなかで丸まった身体の末端だけが冷えていた。
寂しい、とは少し違う。もっと具体的で、もっと切実な何か。
誰かの体温を、この肌で感じたい。
認めた瞬間、喉の奥がぎゅっと詰まった。そして気づいたら検索窓に打ち込んでいた。「女性用風俗」。たった6文字。打ち終えたあと、自分の心臓の音が耳の内側で響いていた。
運勢の波に乗るということは、こういうことなのか
朝の占いには「運勢の波にうまく乗る」という表現がよく使われる。波に乗るって、サーフィンの比喩だと思っていた。颯爽と、格好よく、風を切って。
でも実際の波乗りは、まず海に入らなきゃいけない。冷たい水に身体を沈めて、何度も波に巻かれながら、タイミングを待つ。
今のわたしは、海の手前で足首まで浸かったまま立ち尽くしている。
あのサイトを開いた昼休み
翌日の昼、デスクでサンドイッチを頬張りながらスマホを開いた。マスタードの粒が唇の端についた。女性用風俗のサイトをいくつか見てみる。
コース紹介、セラピストのプロフィール、利用者の声。「はじめての方へ」のページには、「あなたのペースで、安心できる空間を」と書いてあった。想像していたような後ろ暗さはなくて、むしろ丁寧で、やわらかい印象だった。
あるセラピストの趣味欄に「休日は美術館巡り」と書いてある。別の人は「好きな食べものはカレーうどん」。プロフィールを読んでいると、なんだか友達の友達を紹介されているみたいな気分になる。
けれど画面をスクロールする指は、微かに汗ばんでいた。
同僚が「今日のランチ何にした?」と声をかけてきて、慌ててスマホを伏せた。「サンドイッチ」と答える声が不自然に高かった気がする。
蛍光灯の白い光がやけにまぶしくて、一瞬、自分が透明になったような気がした。わたしのしていることが全部見えてしまっているんじゃないかと。
仕事運は「新しい一歩」と言っていたけれど
午後の会議資料を作りながら、朝の占いの言葉がちらつく。仕事運は「現状維持よりも新しい一歩を。午後に転機あり」だった。
転機は仕事のことじゃないかもしれない、とぼんやり思った。今日のわたしにとっての「新しい一歩」は、企画書のブラッシュアップなんかじゃなくて、もっと別のところにある。
25歳、独身。最後に誰かと手をつないだのがいつだったか、もう指を折って数える気にもなれない。恋愛がしたくなかったわけじゃない。マッチングアプリも試した。
紹介も受けた。だけど会うたびに、波動が合わないと身体のほうが先に閉じてしまう。笑っているのに胃のあたりが硬くなる。二回目はないと、会っている最中にわかる。
恋愛は無理でも、身体はぬくもりを求めている。
この矛盾を、どうしたらいい。
会議室に向かう廊下の窓から、冬の低い日差しが差し込んでいた。
埃が光のなかで舞っているのが見える。きれいなのかきたないのか、わからない光景。今のわたしの気持ちに似ている。
恋愛運が「蓋をしてきた感情」と言ったから
バレンタイン前夜のこの街は、どこか浮足立っている。駅ビルのチョコレート売り場から漂う甘い香り。ショーウィンドウの赤とピンクの装飾。カップルの笑い声。
それを横目に、わたしはいつもの無糖紅茶とプリンを買ってレジに並ぶ。
誰にも言えない選択肢
帰宅してコートを脱ぐ。今朝つけたネロリのルームフレグランスが、まだかすかに香っている。ラッキーアイテムがネロリだったから先週買ったのだ。占いのラッキーアイテムを素直に取り入れる自分が、たまに可愛くて、たまに切ない。
ソファに座って、スマホを開く。予約サイトの画面。あるセラピストのスケジュールに、今週末の空きがあった。
指が画面の上で止まる。
友達に話せるわけがない。「実はさ」なんて切り出し方、存在しない。ランチの席で打ち明けたら、どんな顔をされるだろう。同情か、驚きか、引かれるのか。母親に知られたら。
想像するだけで頬が熱くなって、同時に鼻の奥がつんとした。
わたし、なにやってるんだろう。
スマホを置いて、膝を抱えた。カーディガンの袖口の毛玉をつまんで転がす。外からは車の走る音がして、どこかの部屋からテレビの笑い声が壁越しに聞こえる。
世界はいつも通りで、わたしだけがいつも通りじゃない夜。
金星が魚座に入ってからのこと
金星が魚座に移ってから、感受性の蛇口が壊れたみたいになっている。
電車で隣に座った人の体温を服越しに感じて、目を閉じてしまいそうになる。
レジで「ありがとうございます」と言われただけで胸が震える。道端の猫がこちらを見て瞬きしただけで、なぜか泣きたくなる。
全部のセンサーが過敏になっている。枯渇しているから。人との触れ合いに。
この渇きは恋愛とも性欲とも違う場所にある。もっと根っこの、赤ちゃんがお母さんに抱かれたがるのと同じ層にある、原始的な希求。
占いの恋愛運は「長く蓋をしてきた感情が動き出す暗示」と言っていた。蓋をしてきたのはその通り。見ないふりをしてきた。
友人の恋愛話にいいねと相槌を打ち、同僚の結婚報告におめでとうと微笑み、帰りのエスカレーターで手をつなぐカップルの後ろに並ぶ。
そのたびに、身体の芯がしんと冷えていくのを感じていた。
蓋が動き出すのは、もう止められないのかもしれない。
情けないと思う自分ごと、この夜を抱きしめる
リビングの電気を間接照明だけにして、紅茶を入れた。ティーバッグを湯に沈めると、じわりと琥珀色が広がる。その色を見つめながら、自分の中を整理する。
「恥」を分解してみたら
恥ずかしいと思っている。確かに。けれど何が恥ずかしいのかを丁寧にほどいてみると、答えが変わった。
サービスを利用することが恥ずかしいんじゃない。サービスを必要としている自分が、情けないのだ。
ひとりで生きていけるはずだった。仕事もあるし、趣味もある。友達だっている。それなのに、見知らぬ人の体温にお金を払おうとしている。その事実が、自分を小さく見せる。
だけど、と思う。
2月の頭に獅子座で満月があった夜、会社帰りに遠回りをして川沿いを歩いた。水面に揺れる月がやけに大きくて、立ち止まった。冬の川のにおい。
土と枯れ草が混ざった湿った冷たさ。あの月は心臓の星座の月で、ごまかしのきかない光だった。
自分の胸に手を当てて、何を感じるか。占いが毎朝問いかけていたのは結局、ずっとそれだったのかもしれない。
それでも、必要なのだと思う
お風呂から上がって、ドライヤーの熱風を頭に当てながら考える。鏡の中のわたしは湯気でぼやけている。
このサービスが、今のわたしには必要なのかもしれない。
情けないけれど。みっともないけれど。誰にも言えないけれど。
魂レベルで求めているものに手を伸ばすことを、もう否定したくない。水星がスピードを落とし始めているのを感じる。判断がぼやける時期に入る前に、自分の気持ちだけはクリアにしておきたかった。
冷蔵庫を開けて、さっき買ったプリンを取り出す。ひとり暮らしの冷蔵庫。
ペットボトルの水と、使いかけのドレッシングと、食べかけのヨーグルト。そこにプリンをひとつ。誰に見せるわけでもない夜の食卓。
スプーンでプリンをすくう。カラメルのほろ苦さが舌に広がる。
甘いものを食べているのに、涙腺がゆるみそうになるのは、たぶん金星魚座のせいだけじゃない。
日食の前の暗がりのなかで
4日後に、水瓶座の新月と日食がやってくる。古い自分を手放して、新しいかたちを受け取る。タイムラインに何度も流れてきたその言葉が、今夜はまっすぐ胸に届く。
日食の前って、空が一度暗くなる。その暗がりのなかでしか気づけないものがあるとしたら、今のこの時間がまさにそうだ。
予約ボタンは、まだ押していない。
でも、押す日はたぶんそう遠くない。
明日の朝も、わたしは占いを開くだろう
バレンタイン当日の朝、いつものように目覚めて、いつものようにスマホに手を伸ばすだろう。蠍座の運勢を読んで、ラッキーアイテムを確認して、それから顔を洗う。
そうやって一日を始めることが、わたしの小さな祈りみたいなものだから。
占いは判断材料のひとつ
占いは答えをくれるわけじゃない。そんなことは最初からわかっている。総合運が5段階中の5でも嫌なことは起きるし、恋愛運が低くても素敵な出会いがあるかもしれない。
だけど毎朝、12星座のそれぞれに宛てられた言葉を読むことで、今日のわたしに何が起きても受けとめられる心の支度ができる。ラッキーカラーのアイテムをバッグに入れるのは気休めかもしれない。
それでもその気休めが、午後3時のしんどい時間帯にポケットの中で少しだけ手を温めてくれる。
迷ったときの判断材料として、星の言葉はいつもそばにある。
女性用風俗のことだってそう。恋愛運の欄に「蓋をしてきた感情が動き出す」と書いてあったから決心がついたわけじゃない。
でもあの言葉が、自分の気持ちに名前をつける手助けをしてくれた。ああ、これは蓋をしてきた感情なんだ、と。動き出していいものなんだ、と。
この日記をここに残す理由
明日になれば、街はチョコレートの甘い空気で満たされる。わたしはいつものように出勤して、いつものように働いて、いつものように帰ってくる。
でも今夜のこの気持ちは、消さないでおく。
スマホの検索履歴も、何度も開いたあのサイトも。恥ずかしくて、情けなくて、それなのにどこか温かい、この正直な夜も。
本来の自分に還るって、きれいな道のりじゃない。ぐちゃぐちゃで、みっともなくて、人に見せられない夜をくぐり抜けることも含めて、還っていく過程なんだと思う。
窓の外を見たら、雲のむこうにうっすら光がにじんでいた。新月に向けて、月はどんどん細くなっている。やがてまっくらになって、そこからまた満ちていく。
わたしも、その途中にいる。
明日の朝も占いを開くだろう。星座の欄に並ぶ短い言葉たちが、この選択を肯定してくれるかどうかはわからない。けれど読むだろう。読んで、今日という一日の、最初の呼吸を整えるだろう。
それがわたしの、一日の始め方だから。

