夜中の2時、いつものようにXを開いていた。
布団の中で、画面の明るさをいちばん暗くして。もう何ヶ月もこうしている。女風のことを調べ始めてから、寝る前のスマホがやめられなくなった。
その日はいつもより深くTLを遡っていた。セラピストさんの投稿、ユーザーさんの感想、気になるものを片っ端からタップしていく。
ふと、あるユーザーの投稿が目に入った。
「女風の本番問題、また荒れてる」
本番。
その二文字を見た瞬間、指が止まった。心臓のあたりがぎゅっとなる。スクロールできない。でも、画面を閉じることもできなかった。
「女風 本番」で検索するのが怖かった
本番問題。なんとなく、意味はわかる。
女性用風俗で「本番行為」があるのかないのか、という話だろう。
わかっているのに、検索バーにその言葉を打ち込むのをためらった。「女風 水問題」と検索するのとは、明らかに心理的なハードルが違う。検索履歴に残るのが怖い。自分が何を調べてるのか、誰かに見られたらと思うと手が震える。
一回スマホを裏返した。天井を見た。
でも5分後にはまた画面を開いていた。
検索して出てきたのは、想像と違う景色だった
覚悟を決めて「女風 本番」と打ち込んだ。出てきた投稿をスクロールしていく。
最初に目に入ったのは、セラピスト側の投稿だった。
「本番行為はしません。僕たちはそういうサービスではありません」
「挿入を求められたときの断り方に悩む。お客様を傷つけたくないけど、ここは絶対に譲れない」
え。ユーザー側が求めてるケースがあるの?
てっきり、男性側が一方的にそういうことをしてくるんじゃないかと思っていた。男の人が女性に触れる仕事で、エスカレートして本番に至るんじゃないかという怖さ。それが私の中にあった「本番問題」のイメージだった。
でも、TLに流れてくる投稿を読んでいくと、話の構造が全然違った。
あるセラピストさんが長文で書いていた。女風の本番問題は、「する・しない」の二択の話じゃなくて、「どこまでがサービスの範囲で、どこからが逸脱なのか」という境界線の話なのだと。
読んでいて頭がぐるぐるした。
お風呂から上がったあと、ドライヤーをかけながらぼんやり考えていた。全然関係ないけど、職場の後輩が最近結婚したことをふと思い出した。幸せそうなインスタのストーリーを、こっそり非表示にしたのは先週のことだ。私は夜中にこんなことを調べている。
セラピスト側が一番困っていること
投稿を追っていくと、セラピストさんたちの声が見えてきた。
「クンニや手マンはサービスとしてOKだけど、本番挿入は法律でNG。”バレないからいいでしょ”は通じません」
かなり直接的な言い方だった。でも曖昧に書かれるよりずっとわかりやすい。私みたいに何も知らない人間にとっては、こうやってはっきり線を引いてくれるほうが助かる。ぼかして書かれると、余計に混乱するから。
別のセラピストさんの投稿も目に入った。
「本番させてもらえたことを自慢げに書いてるユーザーさんを見ると、本当にしんどい」
え、と思った。本番されたことに優越感を感じているユーザーがいるらしい。「私は特別だから」「この人は私にだけ」みたいな感覚なんだろうか。それを堂々とSNSに書く人がいる。
「断ったら低評価をつけられた。正直、しんどかった」
読みながら、胃のあたりがきゅっとした。
こういう声を読むと、女風っていう業界の中で、セラピストがどれだけ複雑な立場に置かれているかが伝わってくる。法律でダメだと明言しても「特別扱いしてほしい」というユーザーがいて、断れば低評価。しかもそれを武勇伝のように語る人までいる。
水問題で「たかが水1本で」と思ったけど、本番問題はもっと根が深い。水の話はまだ「気遣いの程度」の範囲だった。でも本番の話は、サービスの定義そのものに関わっている。
ユーザー側の声を読んで、また揺れる
セラピスト側の声を読んだあと、今度はユーザー側の投稿を探した。
「初めて行ったとき、どこまでしてもらえるのかわからなくて、ずっと緊張していた。聞けなかった」
「本番があると思って行ったわけじゃないけど、施術の流れで境界がわからなくなった瞬間があった。あれは私が悪いの?」
「本番なしって書いてあっても、実際どこまでなのかわからない。ポータルサイトの説明も曖昧だし」
この3つ目の投稿に、すごく共感してしまった。
私もポータルサイトのサービス説明を読んだことがある。「デリケートゾーンへのタッチあり」「女性への愛撫あり」と書いてあっても、具体的にどこまでなのかはわからない。コースの説明を何度読んでも、頭の中にある不安が消えない。
DMの送り方すらわからなかったのに、こんなデリケートなことをどうやって事前に確認すればいいんだろう。
「聞けない」が問題の本質だと思った
水問題も、封筒問題も、DM問題も、根っこは同じだった。
聞けない。確認できない。暗黙のルールで回っている。
でも本番問題は、聞けないの度合いが桁違いだ。
「本番ってありますか」なんて、セラピストに聞けるわけがない。恥ずかしいとか失礼とか、そういうレベルじゃない。聞くこと自体が、自分がそれを期待していると認めることになる気がして、怖い。
逆にセラピスト側も、「本番はしません」と明言しにくい事情があるのかもしれない。ある投稿で「わざわざ言うと、逆にそういう目で見てたのかと思われそう」と書いているセラピストさんがいて、なるほどと思った。
お互いに言えない。
お互いに察してほしい。
でもその「察してほしい」の中身が、人によって全然違う。
これって、暗黙のルールが多すぎるのが問題の根っこだと思ったけど、本番問題に関しては暗黙とかそういう次元じゃなくて、もう「触れてはいけない話題」として扱われている感じがする。
調べすぎて、余計に怖くなっている
あの夜から何日か経った。
でもTLを開くたびに、本番問題に関する投稿が目に入るようになった。一度気になると、脳が自動で拾ってしまうらしい。カラーバス効果ってやつだろうか。
あるユーザーさんが書いていた。
「初回のとき、セラピストさんが最初に丁寧に説明してくれた。『どこまでがサービスの範囲で、どこからは行わないか』を言葉で伝えてくれた。それだけですごく安心できた」
この投稿に「いいね」がたくさんついていた。
そうだよな、と思う。最初に説明してくれれば、こんなに不安にならなくて済む。でも逆に言えば、説明してくれない場合もあるということだ。
あるセラピストさんは「カウンセリングの時間で必ずお伝えしています」と書いていて、別のセラピストさんは「雰囲気で察してほしい」と書いていた。
人によって違う。お店によっても違う。
正解がひとつじゃない。また同じ結論だ。
まだ行ったこともないのに、こんなことまで調べている私
ふと我に返る。
まだ一度も利用していないのに、本番行為の有無について深夜にSNSを読み漁っている自分。
検索履歴を消しながら調べていたあの夜から、だいぶ遠くまで来てしまった気がする。水問題のときは「たかが水で」と思っていた。封筒問題のときは「お金の渡し方で」と思っていた。今は本番問題を調べている。
調べるたびに不安が増えるのに、調べるのをやめられない。
知らないまま行くのが怖いから。知っておけば少しは安心できると思うから。
でもたぶん、いくら調べても不安はゼロにはならない。
実際に行って、実際にセラピストと話して、実際に自分の身体で感じてみないと、わからないことのほうが多い。それはもう、頭ではわかっている。
スマホを閉じた。部屋が暗くなる。
本番問題の正解は、たぶんない。あるのは「自分がどうしたいか」と「相手がどういうスタンスか」の確認だけだ。
でもその確認が、いちばん難しい。
女風の世界には、水の話からお金の話、DMの話、匂わせの話、そして身体の話まで、聞けないことがありすぎる。
でもひとつだけ言えるのは、こうやって調べている時間は、無駄じゃないんだろうということ。
たぶん。
そう思わないと、今夜も眠れないから。

