女風の色恋問題 | 好きかもって思った瞬間もう遅い?

女風の色恋問題 | 好きかもって思った瞬間もう遅い?

深夜1時すぎ、いつものようにTLをスクロールしていた。

あるユーザーの投稿が目に入って、指が止まった。「セラピストを好きになってしまった。どうしよう」。リプ欄を開くと、「わかる」「私も」「それは沼だよ」という返信がずらっと並んでいて、思わずスクショを撮った。撮ってから、なんで撮ったんだろう、と思った。

私はまだ、ほとんど利用したことがない。なのに胸のあたりがざわざわして、布団の中でスマホの明かりだけが光っている。

目次

SNSで見つけた「色恋問題」というワード

「色恋」という言葉を、女風の文脈で初めて見たのはたぶんその夜だった。

最初は「色恋沙汰」みたいな昔の言い回しを想像した。でもSNSで使われている「色恋」は、もっと具体的で、もっと切実なニュアンスだった。セラピストに恋愛感情を持ってしまうこと。あるいは、セラピスト側が恋愛感情を匂わせるような接客をすること。そのどちらも含めて「色恋問題」と呼ばれているらしい。

え、そんなことがあるの? というのが正直な最初の感想だった。

でもよく考えたら、あり得る話だ。密室でふたりきりで、優しくされて、身体に触れられて。それで何も感じるなって言うほうが無理がある気がする。

「好きになっちゃった」系の投稿が、想像以上に多い

そこからしばらく、「女風 好き」「女風 色恋」で検索してしまった。検索履歴がまたひとつ増えた。消さなきゃ、と思いながらまだ消していない。

出てくるのは、ユーザー側の投稿ばかりだった。「担当のことが好きすぎて施術中に泣いてしまった」「予約のない日が辛い」「DMが来ると嬉しくて何度も読み返す」。

営業DMの話を調べたときにも思ったけど、あの「嬉しい」の延長線上に「好き」があるんだとしたら、その境界はたぶんすごく曖昧だ。セラピストの優しい言葉が営業だとわかっていてもときめいてしまう。あの感覚がもっと深くなったら、恋と呼ぶしかなくなるのかもしれない。

一方で、セラピスト側の投稿も見つかった。「色恋営業はしない主義です」と明言している人。「お客様との距離感を大切にしています」と書いている人。なかには「好意を持ってくれること自体はありがたい、でもそれに応えることはできない」と丁寧に線を引いている人もいた。

どっちの気持ちも、わかる。わかってしまう自分が少し怖い。

サービスなのか感情なのか、その境目が見えない

色恋問題の投稿をいくつも読んでいるうちに、だんだんわかってきたことがある。この問題が揉めるのは「正解がないから」じゃなくて、「正解を決めること自体が残酷だから」なんだと思う。

セラピスト側の事情を想像してみた

セラピスト側の投稿をいくつか追ってみた。ある人が書いていた。「施術中に本気で向き合っているからこそ、お客様が勘違いしやすい環境を作ってしまっている自覚はある」と。

これを読んで、息が止まりそうになった。

つまり、セラピストが本気で仕事をすればするほど、相手は「この人は特別に私のことを見てくれている」と感じてしまう構造がある。手を抜けば満足度が下がる。本気を出せば色恋が生まれる。どっちに転んでも、誰かが傷つく。

「色恋営業」という言葉もSNSで見かけた。わざと恋愛感情を抱かせるような接客をして、リピートや指名に繋げるやり方らしい。これもまた、境界が曖昧だ。丁寧な接客と色恋営業の違いって、何なんだろう。受け取る側の感じ方で変わってしまうなら、客観的な線引きなんてできない。

ふと、全然関係ないことを思い出した。大学のとき、カフェのバイトで常連のおじさんに「君の笑顔が見たくて来てるんだよ」と言われたことがある。あのとき私は苦笑いで流した。でも、もしあれが好きな人だったら。同じ言葉でも受け止め方が全然違っただろう。

結局、感情って文脈で意味が変わる。女風の色恋問題も、たぶん同じことだ。

ユーザー側の心理を、自分に重ねてしまう

ユーザー側の投稿で、いちばん胸に刺さったのはこれだった。「恋してるんじゃなくて、大切にされた経験がなさすぎて、優しさの処理ができないだけだと思う」。

まだ利用経験がほとんどない私が言うのはおかしいかもしれない。でも、この一文を読んだとき、スマホを持つ手がちょっとだけ震えた。

私が女風に興味を持った理由を辿っていくと、たぶんそこに行き着く。誰かに大切に扱われたい。触れられたい。でも恋愛は面倒で、出会いの場に行く勇気もない。だから女風という選択肢が気になった。

最初にこの世界のことを調べ始めた夜から、もうずいぶん経つ。あのときはただ好奇心だった。今は、好奇心の奥にある自分の渇きみたいなものが見えてきて、それが怖い。

もし私が施術を受けて、本気で優しくされたら。そのとき自分の感情がどう動くか、正直わからない。「好きかも」と思わない自信がない。

“沼”という言葉の重さを、なんとなく理解した夜

色恋問題を調べていて、何度も出てきた言葉がある。「沼」。

女風の文脈で「沼」は、セラピストへの感情がコントロールできなくなる状態を指すらしい。会いたくて会いたくて予約を詰め込む。お金がかかっても止められない。SNSの投稿を何度もチェックする。他のお客さんの存在に嫉妬する。

被り問題のことを調べたときに感じた「胸のざわつき」は、沼の入り口の感覚だったのかもしれない。他のお客さんの影が見えてしまう怖さ。あれは嫉妬とは違うと思いたかったけど、色恋の文脈で見ると、地続きなんだと気づいてしまった。

「好きにならないように気をつけて」とセラピストが言う矛盾

あるセラピストの投稿に、こんなことが書いてあった。「僕に恋をしないでください。でも、施術中は全力で愛します」。

なにそれ。

矛盾してるじゃん、と思った。でも、これが女風というサービスの構造そのものなのかもしれない。本気で向き合うけど、そこに恋愛感情を持ち込まないでほしい。プロとして全力を出すけど、それはあくまで仕事の範囲。

頭ではわかる。わかるけど、身体と感情は頭の言うことを聞かない。

SNSで、ある女性が書いていた。「沼から抜けるのに1年かかった」と。1年。別にお付き合いしていたわけでもない。サービスを受けていただけなのに、1年。

怖いと思った。でも同時に、そこまで人を惹きつけるセラピストってどんな人なんだろう、とも思ってしまった。この好奇心自体が、もう危ないのかもしれない。

わからないまま、ここに書いておく

色恋問題には、たぶん正解がない。

セラピストを好きになるなと言われても、感情は制御できない。色恋営業をするなと言っても、丁寧な接客との境目は曖昧。利用するなら覚悟しろ、と言われても、覚悟の仕方がわからない。

暗黙のルールが多すぎるという話を書いたとき、「空気を読むことを求められすぎている」と思った。色恋問題も同じだ。「好きになるな」「でも本気で向き合え」「距離感を保て」「でも心を開け」。全部、暗黙のルール。どこにも書いてないのに、破ると傷つくのは自分。

まだ利用経験がほとんどない私が、なんでこんなことまで調べているのか。自分でもよくわからない。でも、知らないまま飛び込むのが怖いから、こうやって夜中に調べて、考えて、でも結論が出なくて、またスマホを裏返して天井を見ている。

いつか本当に利用するときが来たら、自分の感情がどう動くか、そのときに考えるしかないのかもしれない。でも、「好きかも」と思ったときに「それは色恋問題っていうやつだ」と気づけるだけでも、少しは違うんじゃないかと思いたい。

深夜2時。スクショを見返して、そっと削除した。検索履歴も、消した。おやすみ。

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