仕事終わりの電車の中で、Xの通知欄を開いた。
フォローしているセラピストさんからDMが来ていた。
心臓が、一瞬跳ねた。
通知が来た瞬間、心臓が跳ねた
まだ営業DMという言葉すら知らなかったあの日の話をする。
DMの送り方を調べて結局まだ送れてない、あの状態からしばらく経っていた。相変わらず自分からは1通も送れていない。送りたい気持ちはある。でもメモ帳に下書きしては消す、あの作業を繰り返しているだけだった。
そんな私のXに、通知が来た。
セラピストさんからのDM。しかも、私がこっそりフォローして、投稿をずっと読んでいた人だった。
電車の中で画面を見つめたまま、3駅分くらい動けなかった。
通知の文面は「はじめまして。フォローありがとうございます! ○○と申します。もしよかったら一度お会いしませんか?」みたいな感じで、丁寧で、やわらかくて、なんだか嬉しかった。
嬉しかったのだ。
自分から送れなかったDMが、向こうから来た。この人は私のアカウントを見て、わざわざメッセージをくれたんだ。
そう思った瞬間、胸がじんわり温かくなって、思わず口元が緩んだ。電車の中なのに。
帰宅してからもう一度そのDMを読み返した。3回くらい読んだ。文面を眺めながら、返信の内容を頭の中で組み立てていた。何を書こう。嬉しいって伝えたい。でもガツガツしてると思われたくない。
その夜、お風呂に入りながら、ずっとそのDMのことを考えていた。
嬉しさが先に来て、疑問は後からやってきた
翌朝、目が覚めてすぐスマホを開いた。
DMが消えていないか確認する、という行為をしている自分に少しだけ引いた。消えるわけないのに。
でもそのとき、ふと頭の隅に小さな疑問が浮かんだ。
あのDM、私だけに来たのかな。
考えてみれば、私のアカウントには個人的な情報なんてほとんど載っていない。鍵垢で、プロフィールには一言しか書いてなくて、投稿もゼロ。フォローしているのは女風関連のアカウントだけ。
こんなアカウントに、わざわざ個人的にDMを送ってくる理由があるだろうか。
冷蔵庫を開けて麦茶を取り出しながら、なんとなくXを開いて、そのセラピストさんのプロフィールを見た。フォロワー数を確認する。4桁だった。
1,000人以上にフォローされている人が、私にだけ特別にメッセージを送ってきた。
そんなわけ、ないよね。
ゆっくりとお茶を飲みながら、昨日の嬉しさが少しずつ冷めていくのを感じた。
営業だってわかってる、わかってるけど
「女風 営業DM」で検索した。
出てきた投稿の量に、少し笑ってしまった。またこのパターンか。
水問題のときも、封筒問題のときも、DM問題のときも、検索した途端に大量の投稿が出てきて、自分だけが知らなかった現実を突きつけられる。
営業DM。つまり、セラピストがフォロワーや潜在的なお客さんに向けて送る集客目的のメッセージらしい。
あの「会いませんか」は、私に向けた特別な言葉じゃなかった。
頭ではわかった。理屈としては完全に理解した。仕事なんだから、お客さんを増やすために声をかけるのは当然だ。美容院だって「そろそろいかがですか?」ってLINEを送ってくる。あれと同じだ。
同じなのに。
なんでこんなにガッカリしているのか、自分でもよくわからない。
いや、わかってる。たぶん。
検索履歴を消しながら調べたあの夜から、ずっとひとりで女風のことを考えてきた。誰にも相談できない。友達にも言えない。そんな中で、「会いませんか」という言葉が届いた。私のことを見つけてくれた人がいると思った。
その感覚がぜんぶ営業だった、と気づいたとき、恥ずかしさが一気に押し寄せてきた。
枕に顔をうずめた。
まだ1回も利用してないのに、営業DMにときめいている自分って何なんだろう。
「嬉しい営業DM」と「冷める営業DM」があるらしい
恥ずかしさを紛らわせるように、また検索を続けた。
すると、ユーザーさんの投稿で面白い分類をしている人がいた。
「嬉しい営業DM」と「冷める営業DM」がある、と。
嬉しいやつは、「あなたのプロフィールを見て気になりました」みたいに、少しでも個別感がある営業。自分のことを見てくれた感じがするやつ。
冷めるやつは、コピペ丸出しの定型文。名前の部分だけ変えて送ってるのが透けて見えるやつ。「○○さん、こんにちは! フォローありがとうございます。よかったら」までがテンプレで、○○のところだけ変わってるやつ。
中には〇〇のまま、つまりテンプレのまま送ってくるセラピストもいるらしい。
私に来たDMはどっちだったんだろう。
もう一度読み返した。4回目。
冷静に見ると、個別感は薄い気がする。でも、コピペ丸出しというほどでもない。微妙なラインだった。
でもそれ以上に引っかかったのは、「嬉しい営業DM」に分類されるものでさえ、結局は営業だということだ。
上手な営業と下手な営業の違いがあるだけで、どちらも目的は集客。
それは全然悪いことじゃない。仕事なんだから。
でも、受け取る側の心が勝手にときめいてしまう構造そのものに、なんだかモヤモヤする。
SNSで「女風の営業DM問題」を検索してみた
もう少し深く調べてみた。「営業DM問題」という言葉自体がSNSで使われていることを知った。
女風の営業DMは、定期的に議論になるトピックらしい。
水問題、封筒問題、DM問題に続いて、また「問題」シリーズだ。
この業界、問題多すぎないか。
セラピスト側の投稿をいくつか読んだ。
「営業DMを送ること自体は、個人で活動している以上仕方ない。店舗の集客に頼れない分、自分で動くしかない」と書いている人がいた。
フリーのセラピストさんの場合、SNSが主要な集客チャネルになる。だから営業DMは必要な仕事。それはわかる。
別の投稿では「営業DM送ると、わかってても嬉しいって言ってもらえることがある。でもそれに甘えちゃいけない。あくまで仕事の入口として送ってる」と。
この投稿のリプ欄がまた長かった。
「わかってても嬉しい、がいちばん危ない」と書いているユーザーさんがいて、胸がズキッとした。私のことだ。
ユーザー側はどう受け止めてるのか
ユーザー側の投稿も読んでいく。
「営業だってわかってるけど、嬉しいものは嬉しい。それでいいと思ってる」という人もいれば、「営業DMに返信したら、結局予約の話に持っていかれた。夢から覚めた気分」という人もいる。
温度差がすごい。
でも多くの投稿に共通していたのは、「営業DMが来ると、自分が選ばれたような気持ちになる」という感覚だった。
それがたとえ全員に送っているとわかっていても、「私のアカウントを見つけて、わざわざ送ってくれた」という物語を、つい自分の中で作ってしまう。
この心理、たぶん私だけじゃない。
だって、日常生活で「会いたい」なんて言われることがない人間にとっては、営業であっても、その言葉には引力がある。
久しぶりに鏡を見た気がした。自分の孤独さを、営業DMに映されている。
ふと全然関係ないことが頭をよぎった。中学のとき、好きだった男の子がバレンタインのお返しをクラスの女子全員に配っていて、自分だけ特別じゃなかったと知ったときの感覚。
あれに似ている。全員に配ってるんだよね、知ってる。知ってるけど、もらった瞬間は嬉しかったのだ。
あのときと何も変わっていない自分が、ちょっと情けない。
ある投稿で「営業DMが来たときに確認すべきこと」を書いている人がいた。
同じDMを他の人にも送っていないか。その人の通常のポストと営業DMのトーンに差がないか。DMの後に予約を急かしてこないか。
なるほど、見分け方があるのか。「女風 営業 見分け方」でさらに検索した。
出てきたのは、「結局、言葉だけじゃ営業か本心かなんてわからない。施術を受けてみて、リピートするかどうかの判断材料にするしかない」という投稿。
身も蓋もないけど、これがいちばん正直な意見だと思った。
言葉より行動を見ろ、って誰かが書いてた
その夜、TLをスクロールしていたら、あるユーザーさんの長文投稿に目が留まった。
「営業DMに踊らされないコツは、言葉じゃなくて行動を見ること。施術中の対応、時間の使い方、こちらの話の聞き方。DMでどんなに甘い言葉を並べても、現場での行動がすべてだと思う」
スクショを撮った。今度は消さなかった。
たぶんこの投稿が、今の自分にいちばん必要な言葉だった。
営業DMにときめいた自分を恥じる必要はないのかもしれない。嬉しいと感じたこと自体は、嘘じゃないから。
でも、その嬉しさだけで判断しちゃいけない。
DM1通で「この人いい人だ」と思い込むのは危険だし、DM1通で「営業だからダメ」と切り捨てるのも違う。
言葉は言葉でしかない。行動で判断するしかない。
それは女風に限った話じゃなくて、たぶん人間関係全般に言えることなんだけど、今の私にはこの当たり前のことがすごく響いた。
ずっとSNSの文字情報だけで女風のことを判断しようとしてきたからだ。TLの投稿、DM、プロフィール文。全部「言葉」だ。
行動を見るには、実際に会うしかない。
でも、まだその勇気がない。
スマホを置いて、天井を見た。
営業DMにときめいて、それが営業だと知って恥ずかしくなって、でも嬉しかった気持ちは消えなくて。
こんなにひとつのDMで揺れてる自分が情けないけど、同時に、女性用風俗のセラピストから「会いませんか」と言われて嬉しいと思えるくらいには、私はこの世界に惹かれているんだと思う。
あの営業DMにはまだ返信していない。返信するかどうかも、まだ決めていない。
でもDMだけじゃなくて、あの人の投稿もなんだか気になり始めた。ポストの言葉遣いとか、写真の雰囲気とか、誰に向けて書いてるんだろうとか。それはもう営業DMの話じゃなくて、別の沼の入口かもしれない。
ふと、「この人は他にもたくさんのお客さんとやり取りしてるんだよな」という考えが頭をよぎって、なんだか胸がざわついた。
嫉妬じゃない。たぶん。
ただ、「私だけじゃない」という事実が、思っていたよりずっと近くにあった。
検索履歴を消して、布団を頭までかぶった。
営業だってわかってる。わかってるのに、あのDMを消せない。

