女風を予約した。送信ボタン押したあと、しばらく天井を見てた

女風を予約した。送信ボタン押したあと、しばらく天井を見てた

夜の10時半、布団の中で予約フォームの送信ボタンを見つめていた。

名前もコースも全部入力した。あとは押すだけ。なのに指が動かない。

何ヶ月も調べて悩んで泣いた末に、私がたどり着いた夜のこと。

目次

送信ボタンを押した夜のこと

夜の10時半だった。

布団の中で横向きになって、スマホを持つ手がじっとりと湿っていた。

予約フォームの「送信」ボタンが、画面の下のほうで光っている。親指がそのすぐ上にある。

名前。連絡先。希望日時。コース。セラピストの指名。全部、埋めた。

何日かけてここまで来たんだろう。予約フォームの前で40分も固まったあの夜を思い出す。

あのときは、名前の欄に一文字打っただけで手が止まった。

画面をそっと閉じて、天井を見て、自分が何をしようとしているのかわからなくなった。

今日は違う。全部入力できている。指も止まっていない。ただ、最後のボタンだけが押せない。

お腹のあたりがきゅっと縮む感じがする。

「もう一晩考えよう」が出てこなかった

いつもなら「今日はやめておこう」と思う。

明日もう一度考えよう、が自分の中のお決まりのセリフだった。

それで何回先延ばしにしたかわからない。

でも今夜は、その声が聞こえなかった。

理由はわからない。特別な覚悟を決めたわけでもない。仕事帰りにコンビニでプリンを買って、お風呂に入って、髪を乾かして、いつもと同じ夜を過ごしていた。

プリンは思ったより甘くて、ちょっと後悔した。カラメルが多いやつにすればよかった。

そんなことを考えながら、なぜかフォームを開いていた。

慣れたものだ。URLも覚えてしまっている。何回開いたかわからないページ。

コース内容もセラピストのプロフィールも、もう暗記に近い。

女性用風俗の予約フォームを暗記してる自分に、一瞬だけ笑いそうになった。笑えなかったけど。

入力はスムーズだった。迷わなかった。何度も途中までやって閉じてきたから、もう考える必要がなかった。

名前、電話番号、メールアドレス。デートコース、120分。

「ご要望・ご質問」の欄で少し手が止まった。

「初めてです。緊張しています」と打った。

消した。「初めての利用です」と打ち直した。

そっけないかなと思って「よろしくお願いします」を足した。

なんだろう、この律儀さ。相手は予約を受ける側なのに、私はメールの書き出しで悩むみたいにフォームの文面を推敲している。

でも、ちゃんと伝えたかった。初めてだということ。怖いということ。丁寧に対応してもらえたら嬉しいということ。全部は書けないけど、「初めてです」の五文字にそのへん全部押し込めた。

スマホの画面が暗くなって、また点けた

入力が終わって、送信ボタンの上で指が止まっている。

自動で画面が暗くなった。操作していない時間が長すぎたらしい。

タップして点け直す。またボタンが現れる。

3回、それを繰り返した。

押したら、予約が確定する。相手に通知がいく。

日時が決まる。本当に行くことになる。

女性用風俗に、申し込みをする。私が。

胸のあたりが熱くて重い。心臓が速い。でも不思議と、手の震えはなかった。

前にフォームの前で固まったときは指が震えてうまく打てなかった。今は震えていない。ただ、押せないだけ。

ふと、明日の予定を考えた。午前中に会議がある。午後はデスクワーク。

帰りにスーパーに寄って、卵と牛乳を買う。それだけの一日。

そのあとに「女風を予約した自分」がいる明日を想像した。

同じ会議室で、同じ資料を見て、同じ人たちと話す。でも私だけが知っている。

来週の土曜日に、知らない男の人と会う予定があることを。抱きしめてもらう予約をしたことを。

誰にも言えない予定がカレンダーに入っている明日。

想像したら、またお腹がきゅっとなった。

押した

22時48分。

親指が画面に触れた。

押した、というより、触れたら送信されていた、というほうが近いかもしれない。

明確な意志で「よし」と決めた感覚がない。ただ、もう止めている理由がなくなった瞬間に、指が動いた。

「ご予約を受け付けました」の画面が表示された。

確認メールが届きます、と書いてある。

スマホを布団の上に置いた。仰向けになって、天井を見た。

しばらく、何も考えられなかった。

数分。もしかしたら数秒かもしれない。時間の感覚がよくわからない。

天井の模様を目で追っていた。小さなシミがあるのを初めて知った。あんなところにシミがある。

何年この部屋に住んでいるのに、今まで気づかなかった。

しばらくして、スマホが震えた。

確認メールだった。

予約日時。コース名。集合場所の案内。持ち物。当日の流れ。丁寧な文面だった。

読みながら、指が冷たくなっていることに気づいた。さっきまで汗ばんでいたのに、今は冷たい。

予約した私と、その後の数時間

メールを閉じて、スマホをナイトモードにした。画面がオレンジ色になる。

予約した。

女性用風俗を、予約した。

声に出してはいない。頭の中で反芻している。事実の確認。自分がやったことの確認。

恐怖がある。安堵もある。自己嫌悪もある。

全部がごちゃ混ぜになっていて、どれがいちばん大きいのか自分でもわからない。

キャンセルしようか、とはまだ思っていない。たぶん明日あたり思う。明後日も思う。当日の朝まで何度でも思うと思う。

でも今は、「押した」という事実だけがある。

布団を頭まで引き上げた。くぐもった暗闇の中で、自分の呼吸の音が聞こえる。

おかしいのかな、私。

こんなことで夜中に天井を見て、確認メールを3回読み返して、布団にもぐって息をしている。

他の人はこんなに大げさにならないのかもしれない。もっと軽い気持ちで予約するのかもしれない。

でも私には、これが精一杯だった。

何ヶ月も悩んで、検索して、調べて、読んで、固まって、泣いて、それでも消えなかった「行きたい」を、やっとフォームに変換した。

たったそれだけのことに、こんなに時間がかかった。

情けない、とはもう思わない。いや、思ってる。思ってるけど、それだけじゃない。

よくやった、とも思えない。でも、よく耐えた、とは少し思う。

何に耐えたのかはうまく言えない。自分自身の中の、ブレーキとアクセルの同時踏みに、ずっと耐えていた気がする。

明日の朝が怖い

目を閉じても眠れない。

明日の朝、目が覚めたとき、最初に何を思うんだろう。

「やっぱりキャンセルしよう」かもしれない。

「本当に行くの?」かもしれない。

「大丈夫、大丈夫」と自分に言い聞かせるのかもしれない。

来週の土曜日まで、あと6日。この6日間、私はこの予約のことをずっと考えるんだと思う。

仕事中も、電車の中でも、ご飯を作りながらも。

でも、もう戻れないところまで来た気がする。

「ご予約を受け付けました」のメールが、受信箱にある。消しても記録は残る。相手はもう私の名前を知っている。

不思議だ。ここまで来ても、すっきりしない。達成感もない。あるのは「もう後戻りできない」という、恐怖に近い安心感。

矛盾してる。恐怖なのに安心なんて。

でもそうとしか言えない。ずっと宙ぶらりんだった自分が、ようやくどこかに着地した感覚。

着地した場所がよかったのかどうかはまだわからない。わからないけど、浮いているよりはましだと思う。

スマホをもう一回手に取って、予約確認メールを開いた。4回目。内容は変わっていない。当たり前だ。

「ご不明な点がございましたら、お気軽にお問い合わせください」

この一文を読んで、少しだけ肩の力が抜けた。お気軽に。お気軽になんて問い合わせられるわけないけど、そう書いてあることが、少しだけ安心する。

スマホを枕元に置いた。今度こそ、目を閉じる。

予約した。

その事実だけ抱えて、今夜は眠る。

次の日記:当日の朝。4回着替えて、シャワー2回浴びて、まだ準備できてない

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