お風呂から上がって、髪も乾かさないままベッドに座った。
昨日の夜のこと、まだ引きずっている。予約フォームの前で固まって、結局何も送信できなかった、あの40分間のことを。
目を閉じると、頭の中で声がする。自分の声。冷たくて、嘲笑うような声。
「そこまでして男の人に触れたいの?」
その声は、いつも夜に来る
昼間は平気でいられる。仕事をして、コンビニに寄って、帰って洗濯物を畳む。やるべきことがある時間は考えなくて済む。
でも夜になると来る。布団にもぐって、天井を見ているときに。シャンプーの泡を流しているときに。ふいに。
「お金を払ってまで?」 「知らない男の人に、自分から頼んで?」
何度も聞いた問いかけだ。自分で自分に投げかけている。答えなんか出ないくせに、毎晩同じ質問をする。
性格の悪い面接官みたいだなと思う。追い詰めるだけ追い詰めて、正解を教えてくれない。
お風呂で固まった10分間
今日の夜もそうだった。
湯船に浸かっていたら急に、昨日のフォーム画面がフラッシュバックした。お名前、メールアドレス、電話番号。あの入力欄の並び。
肩まで湯に浸かっているのに、胸のあたりだけ冷えたような感じがした。
湯気の向こうに、タイルの壁がぼやけて見える。水滴が1本、すーっと流れ落ちた。それを目で追いながら、考えていた。
私は何がそんなに恥ずかしいんだろう。
女性用風俗を利用すること自体が恥ずかしいのか。お金を払うことが恥ずかしいのか。それとも、「触れてほしい」と思っていること自体が恥ずかしいのか。
たぶん、全部だ。
でもその中で一番きついのは、最後のやつだと思う。
触れてほしいと思っている自分。その欲求を持っている自分。それを認めることが、何よりもしんどい。
あの夜、「寂しい」じゃなくて「触れられたい」だって気づいたとき、少しだけ楽になった気がした。名前がつけば整理できると思った。
でも違った。名前がついたら、今度はその名前ごと恥ずかしくなった。
「そこまでして」の「そこまで」ってどこだろう
お風呂から上がって、バスタオルで髪を押さえながらスマホを見た。
ロック画面に通知はない。LINEもなし。当たり前だ、木曜の夜22時に私にLINEしてくる人はいない。
ベッドに座って、女風の自己嫌悪について検索しようとして、やめた。検索してどうなる。
同じような記事を読んで、同じように「わかる」と思って、同じように画面を閉じるだけだ。
それよりも、さっきから頭の中を回っている問いに向き合ったほうがいい。
「そこまでして男の人に触れたいの?」
この「そこまでして」って、どこまでのことを指してるんだろう。
お金を払うところまで?知らない人に身体を預けるところまで?誰にも言えない秘密を抱えるところまで?
全部なのかもしれない。でも逆に聞きたい。
じゃあどこまでなら許されるの。
マッチングアプリで知らない人に会うのは「そこまで」じゃないの?合コンで愛想笑いして連絡先交換するのは?好きでもない人とデートして、3回目で手を繋がれて、それでも笑顔で「楽しいね」って言うのは?
全部同じだと思う。誰かに触れたくて、何かを差し出している。時間とか、感情とか、プライドとか。
女風はそれがお金というだけの話で。
自分を好きになれない人間の、たったひとつの正直さ
自分のこと好きになれないって、前に書いた。抱きしめてもらう資格があるのかって。
あのときの私は、自分を好きになれないことと、誰かに触れてほしいことを、矛盾だと思っていた。自分を好きじゃないのに、誰かに好かれたいなんておかしいって。
今もその気持ちは消えていない。自己嫌悪はある。女性用風俗を利用しようとしている自分が恥ずかしいという気持ちも、まだある。
でも。
少しだけ、考え方が変わったことがある。
自分を好きになれないからこそ、せめて正直でいたいと思った。
触れてほしい。誰かの体温を感じたい。安心したい。
それを否定し続けるのは、もう疲れた。
嘘をついて平気なふりをしているほうが、よっぽど自分を傷つけている気がする。
今夜のお風呂で、水滴を目で追いながら思ったのは、そういうことだった。
うん、そうだよ
だから、答える。
「そこまでして男の人に触れたいの?」
うん、そうだよ。
恥ずかしいよ。情けないと思ってるよ。こんなことでしか満たされない自分が嫌だよ。
でもそうなんだよ。
最初に「触れてほしい」と思ったあの日から、ずっとこの気持ちは消えなかった。検索履歴を消しても、サイトを閉じても、布団を被っても。
認めたからって何かが解決するわけじゃない。予約ができるわけでもない。明日も会社に行くし、誰にも言えないし、スマホは伏せたままにするだろう。
でも、自分に嘘をつくのはやめる。
今はそれだけ。
ドライヤーを使わないまま、枕に髪が広がっている。明日の朝、絶対にうねるやつだ。
わかってるのに、もう動けない。
今日はこれでいい。ひとつだけ、正直になれた夜だから。

