友達とカフェにいるとき、隣のテーブルの女の子たちが「風俗」って言葉を使って笑っていた。
男性向けの話だったと思う。文脈はよく聞こえなかった。でもその瞬間、コーヒーカップを持つ手がぴくっと動いた。
自分に向けられた言葉じゃない。わかってる。でも反射的に肩が縮んだ。
女性用風俗のことを調べていると、バレることへの恐怖がどんどん膨らんでいく。お金のことなんかより、ずっと。
もしスマホを覗かれたら
料金が高いとか、そういう心配もある。あるけど、正直それは本質じゃない。
本当に怖いのは、「この人、女性用風俗使ってるんだ」って思われること。
たとえば友達にスマホを見せるとき。写真を見せるだけなのに、いつも一瞬ためらう。スワイプされて、ブラウザのタブが見えたらどうしよう。検索履歴に残っていたらどうしよう。
前にも書いたけど、検索履歴を消す作業がもう習慣になっている。あの頃よりさらにひどい。
最近はブラウザのプライベートモードでしか開かないし、タブはその都度全部閉じる。LINEの検索窓にうっかり打ち込んでいないかまで確認する。
ここまでやっていると、自分が犯罪者みたいだなと思う。
別に違法なことをしているわけじゃない。悪いことでもない。頭ではわかっている。でも、あの隠し方は完全にやましいことがある人のそれだ。
友達の顔が浮かぶ
一番仲のいい友達のことを考える。大学からの付き合いで、なんでも話せると思っていた子。
去年、その子と夜ごはんを食べながら恋愛の話になった。
「もう恋愛とかいいかなって思うときある」と私が言ったら、「わかるー、でもさ、たまに寂しくなるよね」と返ってきた。
あのとき、言えたかもしれない。女性用風俗というものがあって、ちょっと気になっていると。
でも言えなかった。言葉が喉まで来て、飲み込んだ。ハイボールと一緒に。
もしあのとき言っていたら、彼女はどんな顔をしただろう。「え、そんなのあるんだ」で済むかもしれない。「ちょっと引くわ」って笑うかもしれない。あるいは心配そうな顔で「大丈夫?」って聞いてくるか。
どのパターンも嫌だった。
知られること自体が怖いんじゃなくて、知られたあとの相手の目が変わるのが怖い。
私のことを「そういう人」として見るようになる。それが耐えられない。
「女性用風俗を使う女」っていうレッテル
テレビで女性用風俗が取り上げられているのを見たことがある。バラエティ番組で、芸人が「えー!」ってリアクションしていた。
あの「えー!」が、全部だと思う。
世間の反応ってたぶんあれだ。驚きと、ちょっとした好奇心と、ほんの少しの軽蔑。「そこまでする人もいるんだ」という目。当事者じゃない人たちの、安全な場所からの反応。
私はあの「えー!」の向こう側にいる。
母親に知られたらどうなるだろう、とも考える。母は私の恋愛のことをたまに聞いてくる。「いい人いないの?」「焦らなくていいからね」。優しい言葉だ。でもその優しさの中に、娘は普通の恋愛をするものだという前提がある。
女性用風俗を利用する娘。その事実を母に重ねたとき、胃のあたりがきゅっと締まった。
想像するだけで無理だ。
周りに言えないことの重さ
誰にも言えないということは、自分ひとりで抱えるということだ。
楽しかったとしても、誰かに話せない。辛かったら辛かったと言えない。よかったのか悪かったのか、誰かと一緒に振り返ることもできない。
考えてみれば、ネイルを変えたとか、新しいカフェに行ったとか、そういうことはすぐ友達に報告する。週末の過ごし方なんてLINEで普通にシェアする。
でもこれだけは、絶対に言えない。
あ、洗濯物。取り込むの忘れてた。
ベランダに出たら、夜風が思ったより冷たくて、少しだけ頭がすっきりした。
タオルを取り込みながら、さっきまでの思考のループから一瞬だけ離れる。こういうどうでもいい家事に救われることがある。
部屋に戻って、畳んだタオルを棚にしまう。スマホの画面が光っていた。通知じゃなくて、充電完了のサイン。
またスマホを手に取りそうになる自分がいる。
バレるのが怖いのに、やめられない
結局、恐怖と欲求が釣り合っていないのだと思う。
バレたらどうしようという気持ちは本物だ。友達にも家族にも、職場の人にも、絶対に知られたくない。女性用風俗を利用しているなんて、周りに言えるわけがない。
でも、それなのにまだ調べている。プライベートモードで。タブを全部閉じながら。履歴を消しながら。
怖いのにやめられないってことは、それだけ必要だと思っているということなんだろう。頭では理解している。でもそれを認めると、また別のしんどさがやってくる。
「そこまでして」の壁。何度ぶつかったかわからない。
布団に入って、天井を見た。明日も仕事がある。明日も普通の顔をして出社する。誰にも気づかれないように、この秘密を持ったまま。
スマホを枕元に置いて、画面を下にして伏せた。
今日は、もう開かない。たぶん。

