深夜のTLで「水問題」という言葉を初めて見た。
セラピストがお水を持ってくるかどうかで、こんなにも意見が割れている。
まだ女風を利用したこともないのに、自分だったらどうするか真剣に考えてしまった。
水の話じゃない。
「気にかけてもらいたい」と「当然だと思われたくない」のすれ違いの話だった。
深夜のTLに「水問題」が流れてきた
寝る前のスマホ、やめたいのにやめられない。
布団に潜り込んで、画面の明るさを最低にして、Xを開く。
もう何週間もこのルーティンが続いている。女風のことを調べ始めてから、私のTLは明らかに変わった。
フォローしてるのは全部鍵垢経由で見つけたセラピストや女風ユーザーのアカウント。誰にも見せられないTL。
その夜、スクロールしていた指が止まった。
「水問題、また荒れてるね」という投稿が目に入った。水問題? 何それ。
「女風 水問題」で検索した深夜1時
気になったら最後、私はすぐ検索してしまうタイプだ。
検索バーに「女風 水問題」と打ち込んで、出てきた投稿を上から読んでいく。
どうやら、セラピストが施術のときにお水を持ってきてくれるかどうか、という話らしい。
施術後は喉が渇く。だからお水があると嬉しい。
でも、水を持ってくるセラピストと持ってこないセラピストがいる。
それについてユーザー側とセラピスト側で意見が割れている、と。
たかが水1本の話に、リプ欄がこんなに伸びてるのか。
スクショを撮った。撮ってから、なんで撮ったんだろうと思って、すぐ削除した。
でも内容は頭に残っている。
お水を買ってきてくれるセラピストは「気遣いがある」と評価され、持ってこないセラピストは「ホスピタリティがない」と言われている。
その一方で、あるセラピストさんが「毎回自腹で飲み物を用意するのは正直きつい」と書いていて、それにも「いいね」がたくさんついていた。
たかが水1本で、こんなに意見が割れるの
ユーザーさんの投稿をいくつか読んだ。
「お水を持ってきてくれるだけで、この人は私のことを考えてくれてるんだなって思える」という内容に、共感の引用リポストがついている。気持ちは、わかる。
施術後って、たぶんすごく無防備な状態だと思う。
私はまだ利用したことがないから想像でしかないけれど、身体も心も開いた状態で、喉が渇いて、そのときに「はい、どうぞ」って水を差し出されたら、それはもう、ただの水じゃなくなるんだろう。
「大事にされてる」っていう感覚が、水1本に乗る。
セラピスト側の声を読んで手が止まった
でも、セラピスト側の投稿を読んでいくと、話はそう単純じゃなかった。
ある人は「水を持っていくのは当たり前だと思ってる。だけど、それを最低限のマナーとして求められると、ちょっと違和感がある」と書いていた。
別の人は「ペットボトル2本で200円。月に20人と会ったら4,000円。年間で考えると結構な額になる。それを気遣いの有無で判断されるのはつらい」と。
この投稿のリプ欄を全部開いてしまった。
なるほど、と思った。4,000円。
確かに、自分の財布から毎月出し続ける金額として考えたら、軽くはない。しかもそれは「用意して当然」という空気のなかでの出費だ。
感謝されることもあるだろうけど、なかったときに「この人は気遣いがない」と評価されるリスクも背負っている。
「女はもっと高い金払ってるんだから100円くらい~」っていうポストもみた。
まあそうだろうけどなんか論点がずれている気もする。
ふと、全然関係ないことを思い出した。前の職場で、毎朝コーヒーを淹れてくれる先輩がいた。
ある日その先輩が異動になって、翌日から誰もコーヒーを淹れなくなった。そのとき初めて、あれは先輩の好意だったんだと気づいた。
当たり前だと思っていたものが、誰かの好意で成り立っていたことに、なくなってから気づく。あの感覚に似ている気がする。
もし私がその場にいたら
まだ女風を利用したことのない私が、こんな細かいことまで調べている。
それ自体がちょっと恥ずかしい。
友達に「女性用風俗のお水問題について考えてたんだよね」なんて、口が裂けても言えない。
でも、考えてしまうのだ。
もし私が初めてセラピストに会って、施術が終わって、喉がカラカラで、そのときに水がなかったら。
たぶん、自分で買えばいい話だとわかっている。自販機に行けばいい。事前にコンビニで買っておけばいい。そんなの簡単だ。
でも、あの投稿を読んだ今、「水を持ってきてくれなかった」という事実を、きっと私は気にしてしまう。
SNSで「水があるかどうかで気遣いがわかる」と書かれていたのを見てしまったから。
私の感覚じゃなくて、SNSの基準で判断してしまいそうな自分がいる。
それって、なんか違う気がする。
私がモヤッとしてるのは、たぶん水のことじゃない
冷静に考えれば、水を持ってくるかどうかはセラピスト個人の判断だし、お店の方針にもよるんだろう。
「お店はマニュアルにはしていない」という意見が多かった。
持ってくる人が正しいわけでも、持ってこない人が間違ってるわけでもない。
じゃあ、なんでこんなにモヤモヤするのか。
でも同時に、セラピストの人にも事情がある。
毎回の出費、荷物の重さ、「やって当然」という空気のプレッシャー。
それを全部無視して「水くらい持ってきてよ」と思うのは、ちょっと一方的かもしれない。
どっちが悪いとかじゃない。お互いに、望んでいるものがあるだけだ。
- ユーザーは「大切に扱ってほしい」と思っている。
- セラピストは「善意を当然と思われたくない」と思っている。
そのズレが、TLで定期的に炎上する水問題の正体なのかもしれない。
水問題って言葉自体、なんだか大げさに聞こえるけど、要は「期待値のすり合わせができてない」ってことなんだと思う。
でもそれを事前に話し合うのも難しい。
初めてのDMで何を書けばいいかもわからないのに、「お水は持ってきてくれますか?」なんて聞けるわけがない。
正解がないから、ずっとモヤモヤしたまま
結局、あの夜は2時間くらいTLを遡って、水問題に関する投稿を読み漁った。
読めば読むほど、「どっちの気持ちもわかるな」と思って、余計に答えが出なくなった。
自分で持っていけばいいじゃん、と割り切れたら楽なのに。それができないのは、たぶん私が「お金を払ってサービスを受ける」ということ自体に、まだどこか後ろめたさを感じているからだ。
お金を払っているのに、さらに「水も自分で用意するの?」と思ってしまう。
でもその一瞬の感情を、自分で「わがままだ」と打ち消す。この繰り返し。
自分が何を望んでいるのかを、ちゃんと把握すること。
それを相手に伝えられるようになること。それだけのことなのに、なんでこんなに難しいんだろう。
水問題で揉めるのは、たぶん、お互いの「こうしてほしい」がぶつかってるだけだ。
どっちが正しいとか、どっちがマナー違反とか、そういう話じゃない。少なくとも、私はそう思いたい。
水の話だけでこんなに考え込むなら、お金の渡し方とかもっと怖いんだろうな、と思いながら、スマホを裏返した。検索履歴を消して、目を閉じる。
まだ利用もしてないのに、こんなに悩んでいる自分が、ちょっとだけおかしくて、ちょっとだけ情けない。
でも、知らないまま飛び込むよりは、知っておいたほうがいい。たぶん。
女風には、こういう暗黙のルールがまだまだあるらしい。水だけじゃない。
封筒とか、DMとか、もっと知らないことがたくさん。調べるたびに不安は増えるけど、調べないままでいるよりは、きっとましだ。
そう思わないと、このTLを閉じられない。

