クローゼットの下着の引き出しを開けて、手が止まった。
ユニクロのノンワイヤーブラとエアリズムのショーツ。
まだ予約すらしていないのに、女性用風俗の当日に何を着ていくかで頭がいっぱいになっている。
下着、ムダ毛、化粧。
恋人でもない相手のために準備する自分が恥ずかしくて、でも止められない夜の日記。
帰り道にふと浮かんだ「下着、どうしよう」

電車の窓に映った自分の顔が、まだ赤い気がした。
コースのことを調べていた帰りに、ふと頭をよぎったのが「下着」のことだった。
デートコースかホテルコースかで散々悩んで、それだけで頭がいっぱいだったのに、もう次の悩みが来ている。
もし仮に。あくまで仮にだけど、ホテルコースを選んだとしたら。
セラピストの前で服を脱ぐことになる。
その瞬間をリアルに想像してしまって、電車の中で一人、唇を噛んだ。
帰宅してコートを脱いで、クローゼットの前に立った。下着の引き出しを開ける。
目に入ったのは、
- ユニクロのノンワイヤーブラとエアリズムのシームレスショーツ。
- その隣に、くたびれたグレーの綿パンツ。
- 奥にはもう何年も使っている毛玉だらけのナイトブラ。
全部、誰にも見せるつもりのないものたちだった。
ユニクロのブラトップで行くわけにはいかない

ノンワイヤーブラは楽だ。
休日はだいたいこれにエアリズムのショーツで過ごしている。
締め付けがなくて、洗濯しても型崩れしなくて、何より安い。
でも。
これを着て、知らない男の人の前で服を脱ぐ自分を想像してみた。
ベージュのノンワイヤーブラに、肌色のシームレスショーツ。
機能性は100点。見た目は、うん、ゼロ点。
おばあちゃんの肌着と言われても否定できない。
いや、そもそもセラピストは下着なんて見慣れているだろうし、いちいち気にしないのかもしれない。
プロなんだから。
でもそういう問題じゃないのだ。相手がどう思うかじゃなくて、自分がどう感じるかの問題。
ユニクロのブラトップ姿の自分が鏡に映ったら、たぶん余計に惨めな気持ちになる。
引き出しの中身を全部ひっくり返してみた。
ノンワイヤーブラが3枚、普通のブラが2枚、エアリズムのショーツが5枚、綿のショーツが3枚。
どれも「見せる」ことを想定していない下着ばかりだった。
Calvin Kleinか、サルートか

ふとスマホを開いて「女性用風俗 下着」と検索してしまった。
出てきたのは「清潔感のあるものであれば大丈夫」「普段着のままで問題ありません」という、当たり障りのない回答ばかり。
そうじゃなくて。
私が知りたいのは、みんな実際どんな下着で行ってるのかということで。
体験談をいくつか掘っていたら、Xに「CKのブラレットで行った」と書いている人がいた。
Calvin Klein。
あの、ロゴがウエストにどんと入ったやつ。
海外ドラマの女の子がベッドの上で着てるような。
たしかにCKなら、おしゃれだし、でもセクシーすぎないし、ちょうどいい気がする。
ブラレットだからワイヤーもないし、楽だし。
楽って。楽さで選ぶところじゃないだろう、ここは。
でもCKのブラレットって上下セットで8,000円くらいする。
下着に8,000円。
普段ユニクロの1,990円で済ませている人間にとっては、なかなかの出費だ。

そこからさらに思考が飛んで、ワコールのサルートのことが頭をよぎった。
サルート。
デパートの下着売り場で、これでもかと飾ってあるやつ。
レースがきれいで、刺繍が入っていて、ブラだけで1万円以上する。
上下セットで揃えたら2万円を超えることもある。
2万円の下着。
女性用風俗の利用料とほぼ同じ値段の下着。
自分へのご褒美、みたいな言葉がよぎったけれど、そもそも私はサルートを自分へのプレゼントとして買ったことすらない。
誕生日にも、ボーナスが出た日にも、一度も。
デパートの下着フロアを通りかかるたびに、ちらっと見ることはある。
きれいだなと思う。でも「私には関係ないもの」という感覚がどこかにあって、いつも素通りしていた。
高い下着は、誰かに見せる相手がいる人のものだと思っていた。

彼氏がいる人。旦那さんがいる人。
そういう、特定の誰かに「かわいい」と思ってもらいたい理由がある人のもの。
恋人もいない25歳が、女性用風俗に行くためにサルートを買う。
その絵面を想像して、引き出しの前でしゃがんだまま動けなくなった。
情けないのか、滑稽なのか、切ないのか、よくわからない。
全部だ。全部が同時に押し寄せてきている。
結局CKかサルートかなんて考えるだけ無駄で、たぶん当日が近づいたらGUかどこかで無難な黒いレースのブラを買って、「これでいいや」ってなる気がする。
でも「これでいいや」で選んだ下着で、本当にいいのかな。
なんの話をしているんだろう、私は。
下着だけじゃない、ムダ毛という巨大な問題

お風呂に入ったら、別の心配が一気に膨らんだ。
ムダ毛。
冬だ。12月から2月まで、私の脚と腕はほぼ放置状態にある。
ストッキングとロングスカートで隠れるから、という理由で剃るのをサボり続けていた。
今、自分のすねを触ってみた。うん、完全にちくちくしている。
オイルマッサージを受けるなら全身を触られるわけで。
セラピストの手が、このちくちくの脚に触れる。
想像しただけで無理。
カミソリか、除毛クリームか、脱毛サロンか

シャワーを止めて、浴室の鏡を見た。
腕、脚、脇、背中、うなじ。VIO。
全部。
全部どうにかしなきゃいけないのか。
まず腕と脚は、まあカミソリで剃れる。
でもカミソリで剃ると翌日にはもうザラザラしてくるし、カミソリ負けで赤いぶつぶつが出ることもある。
それはそれで見られたくない。
除毛クリームという手もある。
ドラッグストアで800円くらいで売っている。あれなら剃るよりは仕上がりがなめらかだと思う。
でも肌が弱い部分に使うと荒れるって聞いたこともある。
脱毛サロン。
職場の後輩が、全身脱毛に通っているという話をしていた。
「もう2年通ってるんです、やっと膝下がつるつるに」と嬉しそうに言っていたあの顔を思い出す。
2年。今から2年通ったら27歳になっている。それは論外だ。
そもそも脱毛に通うとなったらカウンセリングの予約をして、何回も通って、お金もかかる。
今すぐどうにかなるものじゃない。
ということは、カミソリか除毛クリームの二択。
背中とうなじはどうしよう。自分では見えないし、手も届きにくい。
一人暮らしの浴室で、背中のムダ毛を処理する方法。
検索したら「柄の長いカミソリを使う」と出てきたけど、そんなものは持っていない。
湯船に浸かりながら、防水ケースに入れたスマホで「女風 ムダ毛」と検索した。
「そこまで気にしなくて大丈夫でした」「セラピストさんは全然気にしてない様子でした」という声がいくつか出てきた。
そうなのか。
気にしなくていいのか。
でも、気にしているのは私だ。
セラピストが気にしなくても、処理してない脚を見せている自分が耐えられない。
VIOのことは考えたくない、けど考えてしまう

湯船の中で、もうひとつ、触れたくない問題に頭が向かっていた。
VIO。
ホテルコースの施術で、どこまで脱ぐのかはコースやお店によるらしい。
でもオイルマッサージなら、少なくとも上半身は裸になる可能性がある。
下も、紙ショーツに着替えるのか、それともそのままなのか。
口コミを読んでも、そこまで具体的に書いている人は少ない。
そりゃそうだ。こんなこと書けない。
口コミが生々しいとなんかいやだ。
私だってこの日記に書くのすら躊躇している。
VIOの処理。彼氏がいた頃だって、そこまでちゃんとやっていたかというと怪しい。
自然に生えているものを、わざわざ整えたり剃ったりすることに、なんとなく抵抗があった。
でも体験談の中に、「事前にVIOだけブラジリアンワックスに行った」と書いている人がいた。
ブラジリアンワックス。
一回で5,000円くらいするらしい。
しかもあれ、めちゃくちゃ痛いって聞く。
5,000円払って激痛に耐えて、女性用風俗に備える。
その工程を冷静に文字にすると、なんだか笑えてくる。
笑ってる場合じゃないんだけど。
結局、浴室にいた時間は1時間を超えていた。
お湯がすっかりぬるくなっていて、指先がふやけている。
何も解決していない。
化粧と服、そしてメモアプリに書き出してしまった持ち物リスト

お風呂から上がって、タオルで髪を拭きながら、今度は化粧のことが気になり始めた。
普段の仕事用メイクでいいのか。
もう少しちゃんとした方がいいのか。
でも「ちゃんとする」ってなんだ。
合コンに行くわけじゃない。
ある体験談には「ナチュラルメイクで行きました」と書いてあった。
別の人は「すっぴんに近いくらいで行った」と。
すっぴんは無理だ。
ホテルコースならシャワーを浴びる場面もあるかもしれないし、メイクが崩れることを想定しなきゃいけない。
ウォータープルーフのマスカラにするか、つけまつげは避けた方がいいか。
ファンデーションはリキッドかパウダーか。
こういうことを考えている自分に呆れる。
服装についても調べた。「脱ぎ着しやすいもの」が多数派だった。
ワンピースが楽という意見が目立つ。
タイトなジーンズやボタンが多い服は避けた方がいいらしい。
香水はつけすぎないこと。
あと、体験談で挙がっていた持ち物。
替えの下着、化粧ポーチ、ヘアゴム、充電器、ちょっとした飲み物。
お店によっては現金払いのみだから現金を忘れずに。
読みながら、いつの間にかスマホのメモアプリに箇条書きしていた。
女性用風俗の持ち物リスト。
そのタイトルを自分で打ち込んで、一瞬止まった。
もしこのメモを誰かに見られたら。ロック画面の向こうに、このリストがある。
指が震えるのをこらえて、メモのタイトルを「買い物メモ」に変えた。
元カレの家に泊まった日と同じことをしている

ドライヤーで髪を乾かしながら、ふと大学の頃の記憶が浮かんだ。
付き合っていた彼氏の家に初めて泊まりに行った日のこと。
あの日も前夜からこんなふうに悩んでいた。下着はどうしよう、ムダ毛は大丈夫かな、パジャマ持っていくべきかな。
4年前。あの頃は「好きな人にかわいく思われたい」という気持ちで準備していた。
今は違う。好きな人じゃない。お金を払って会う人。なのに同じことで悩んでいる。
いや、むしろ今の方が悩んでいるかもしれない。
あの頃は彼氏への好意が原動力だったから、準備するのも楽しかった。
今は準備のことを考えるたびに「私、何してるんだろう」がつきまとう。
楽しくない。でも止められない。
どんな自分で行けばいいのかわからない
服装を調べていて、気づいたことがある。
私は「セラピストにどう見られるか」を気にしている。
恋人でもない、好きな人でもない相手に「かわいく見られたい」のだろうか。
違う、たぶんそうじゃない。
「ちゃんとした人だと思われたい」の方が近いかもしれない。
こんなサービスを利用する自分は、どこかおかしいんじゃないか。
その後ろめたさがあるから、せめて外見だけでもきちんとしていたくて。
「この人は普通の女の人なんだな」と思ってもらえたら。
普通でいたい。普通の女の人が、ちょっとだけ特別なサービスを利用しただけ、そう見てもらえたら。
この気持ちが正しいのかどうかもわからない。
でも、お風呂上がりにボディクリームをいつもより丁寧に塗っている自分がいて、それは普段の自分にはない行動で。
膝のかさつきを指で触って、「ここ、ちゃんとケアしておかなきゃ」と思った瞬間に、また顔が熱くなった。
誰かに膝を触られる前提で考えている。
準備のことを考えている時点で、もう「行く気」なのかもしれない

布団に入って、タオルケットを顔の半分まで引き上げた。
エアコンの風がかすかに額に当たる。
下着、ムダ毛、化粧、服装、持ち物。
まだ予約もしていないのに、当日の準備のことをここまで調べている。
これはもう「検討中」を超えているんじゃないだろうか。行く前提で動いている。無意識に。
でも、認めたくない部分もある。
準備のことを調べるのは「情報収集」だと自分に言い聞かせている。
知識として知っておくだけ。いつでもやめられる。行くって決めたわけじゃない。
そう思いながら、さっきメモアプリの「買い物メモ」を開き直した。
消せない。
本気で行く気がなかったら、下着のブランドで悩んだりしないだろう。
ユニクロかCKかサルートかなんて、考えもしないはずだ。
明日、帰りにどこかで下着を見てみようか。駅ビルの下着売り場。いや、それはまだ早い。
でも、ユニクロのノンワイヤーブラで行くのは嫌だなと思ってしまった。
嫌だと思っている自分にまた気づいて、タオルケットを頭までかぶった。
(追記。この服装問題は当日の朝まで続いた。結局4回着替えた話はまた別に書いた。)
この悩みにはまだ続きがある。
ホテル代のこととか、待ち合わせ場所のこととか、地味だけど聞けない不安がたくさんある。

