気づいたらブラウザのタブが口コミだらけになっていた。
セラピストのプロフィールを見た日から3日、毎晩ベッドで口コミを読み漁って、100件近く。
キャリアウーマン、主婦、学生。読めば読むほど「特別な人」なんかいなくて、みんな普通の女の人だった。
安心した。でもそれは「使わない理由」が一つ消えたということでもあって。
口コミの海に沈んだ3日間
気づいたらブラウザのタブが口コミだらけになっていた。
前にセラピストのプロフィールを見た日、口コミも少しだけ覗いた。
昼休みの終わりに中断して、その夜また開いて、翌日の夜も、そのまた次の夜も同じことをしている。
お風呂上がりにベッドに転がって、気がつくと1時間経っている。そんな夜が3日続いた。
数えてみたら100件近く読んでいた。
最初は特定のセラピストの口コミを見ていたと思う。プロフィールで少し気になった人の評判を確認しようとして。
でもいつの間にか、目的が変わっていた。セラピストのことよりも、口コミを書いている女の人のほうが気になりだした。
この人はどんな人なんだろう。どうしてこのサービスを使おうと思ったんだろう。どんな気持ちで予約ボタンを押したんだろう。
そっちのほうが知りたい。
ある口コミに「初めての利用で緊張しました」と書いてあって、その続きに「30代会社員です」とあった。
30代、会社員。それだけの情報なのに、急にその人が近い存在に感じられた。
思ってたのと全然違った
正直に書く。女性用風俗を使う人って、どこか「特別な事情」がある人だと思っていた。
すごくお金に余裕がある人とか、恋愛には積極的だけどたまたま相手がいないタイプとか、あるいはもっと性に対してオープンな人とか。
自分とはどこか違う、もっと大胆な人たちの世界。そう決めつけていた。
でも口コミを100件くらい読んで、そのイメージは崩れた。
- 「仕事が忙しくて恋愛する余裕がない」と書いている20代後半の会社員。
- 「離婚して2年、誰にも触れてもらえない生活がしんどかった」という30代後半の人。
- 「大学院の研究が忙しくて、気づいたら友達とも疎遠になってた」という学生。
読みながら、何度も息を止めていた。
この人たちの「理由」が、ぜんぶ私に似ている。
キャリアウーマンもいた。主婦もいた。看護師、教師、フリーランスのデザイナー。年齢も20代前半から50代まで。
共通しているのは「普通」ということだけだった。特別な事情なんかない。
ただ、誰かに触れてほしかった。安心したかった。それだけの、普通の女の人たちが、このサービスを選んでいた。
看護師の人の口コミが、ずっと消えない
100件近く読んだ中で、一つだけ何度も読み返した口コミがある。
30代の看護師の人が書いたもので、こんな内容だった。
「夜勤明けで疲れ切って帰っても、家には誰もいない。患者さんには毎日触れているのに、自分に触れてくれる人はいない。そのことに気づいた朝、初めて予約しました」
患者さんには触れているのに、自分には誰も。
その矛盾が胸に刺さって、スマホを持つ手がじわっと汗ばんだ。
私は看護師じゃないけど、職場で毎日「ちゃんとした大人」をやっている。
笑顔を作って、敬語を使って、同僚と当たり障りのない会話をして。でも家に帰れば一人。誰にも触れない、誰にも触れてもらえない。
境遇は違うのに、芯のところが同じだ。
ふと、全然関係ないことを思い出した。先週の給湯室。マグカップを洗いながら後輩が「週末ディズニー行くんです」と嬉しそうに話してた。彼氏と行くらしい。
私は「いいねえ」と笑って、自分のマグカップを拭いた。あのとき何を考えていたか、もう覚えていない。たぶん何も考えないようにしていたんだと思う。
あの後輩は「普通」に彼氏がいて、「普通」にディズニーに行く。私は「普通」に一人で家に帰って、夜中にスマホで女風の口コミを読んでいる。
どっちも普通の25歳のはずなのに、なんでこんなに違うんだろう。
20代の会社員。その一言で泣きそうになった
看護師の人の口コミのあとも、指は止まらなかった。
「20代後半、都内で事務職をしています。初めての利用でした」
たったこれだけの自己紹介で、息が詰まる。私とほとんど同じだ。
その人は初めてのセラピストとの時間を「緊張で手が震えた」と書いていた。「でも最初に名前を呼んでもらえたとき、少しだけ力が抜けた」と。
名前を呼んでもらう。
職場では苗字にさん付けで呼ばれる。友達は下の名前で呼ぶけど、最近は会う頻度も減った。
名前を呼ばれる機会が、そもそも少ない。
- 「30代主婦。子供が寝たあとの時間に予約しました」という人もいた。
- 「40代、管理職。部下には相談できないし、家族にも言えないけど、ずっと誰かに甘えたかった」という人も。
管理職の人が「甘えたかった」と書いている。その正直さにぐっときた。
口コミに書かれている肩書きや年齢がバラバラなのに、最後に書いてある感想はどれも似ている。
「安心した」「来てよかった」「もっと早く来ればよかった」。
この三つが、繰り返し、繰り返し出てくる。
安心した。でも、言い訳が消えた
正直に言えば、最初に来た感情は安心だった。
自分だけじゃなかった。こんなサービスを調べて、口コミを読み漁って、迷っているのは私だけじゃない。
100件の口コミの向こう側に、100人の女の人がいる。みんなそれぞれの夜に、同じように悩んで、迷って、最終的に予約した人たちだ。
でもその安心感のすぐ後ろに、別の感情がくっついてきた。
「普通の女の人」が使っている。じゃあ、私が使っても「普通」なのか。
そう考えた瞬間、胸の奥がぎゅっとなった。
今まで「こんなサービスを使うのは普通じゃない」と思うことで、自分にブレーキをかけていた。普通じゃないから、私のような臆病な人間が手を出すものじゃない。そうやって距離を置けていた。
でも「普通の人が使っている」と知ってしまったら、その言い訳が消える。
使わない理由が一つ減った。減ったぶんだけ、自分が予約に近づいている気がして、落ち着かない。
あるお店の口コミページを一番下まで全部読み切ったとき、ふと自分の指が止まった。スマホを持つ手が汗ばんでいる。枕元のティッシュで手を拭いて、天井を見上げた。
100件読んでもまだ読みたい自分
今夜もまた読んでしまうと思う。
もう十分すぎるほど読んだのはわかっている。100件読んで、利用者が「普通の女の人」だとわかって、それで安心もした。怖さも少し薄れた。
でもまだ読みたい。何を探しているのか、自分でもわからない。
たぶん「大丈夫だよ」と言ってくれる口コミを探しているんだと思う。自分で自分に許可を出せないから、誰かの体験談に背中を押してもらいたい。
スマホの充電が23%になっていた。充電しなきゃと思いながら、もう1件だけ、と思ってスクロールする。
この行動が「情報収集」なのか「先延ばし」なのか、もう境目がわからない。
あの夜、体験談を読み漁ったときも同じだった。ブログに書かれた誰かの体験を読みながら、「この人も私と同じだ」って思って、安心して、でもその安心のすぐ後ろに「で、あなたはどうするの?」って声がくっついてきて。
同じところをぐるぐる回っている。
口コミの海にいるあいだは考えなくていい。「まだ情報が足りない」って自分に言い訳できるから。
まだ口コミの海にいる
寝る前に検索履歴を開いた。口コミサイトのURLがずらっと並んでいる。
消さなきゃと思った。思っただけで、今日は消さなかった。
いつもなら消すのに。
100件分の口コミが頭の中でぐるぐるしている。看護師の人、20代の事務職の人、40代の管理職の人。みんな「来てよかった」と書いていた。
あの人たちが感じた「安心して触れられる」っていう感覚を、私もいつか知ることになるんだろうか。
いや、まだわからない。わからないけど、「使わない理由」がまた一つ消えたのは確かで、それが嬉しいのか怖いのか、どっちなのか自分でもわからないまま、スマホを枕の横に置いた。
いつか本当に体験したら、あの口コミを書いた人たちの気持ちがわかるのかもしれない。
でもそれは、もう少し先の話。
明日もたぶん、寝る前にスマホを開く。口コミのタブはまだ閉じていない。
→ 次の日記:「怖くなかったですか?」って質問ばかり検索してた

