自分のこと好きになれない私が、誰かのぬくもりを求めてもいいですか

自分のこと好きになれない私が、誰かのぬくもりを求めてもいいですか

朝、洗面台に立って顔を洗う。顔を上げたとき、鏡の中の自分と目が合う。

この瞬間がいちばん嫌いだ。

寝起きの顔。むくんだまぶた。毛穴。くすみ。昨日寝る前に「明日こそ早く起きてストレッチしよう」と思っていたのに、結局二度寝して、髪はぼさぼさで、口元にはニキビの跡が残ってる。

「…ごめん」

鏡の自分に、なぜか謝ってしまう。何に対して謝ってるのかよくわからない。ただ、この顔で今日も一日やっていかなきゃいけないことに対して、なんか、申し訳なくなる。

化粧をする。下地を塗って、ファンデーションを重ねて、眉を描いて、まつげを上げて。「別人みたい」とまでは変わらないけど、少しだけマシになる。少しだけ、外に出してもいい顔になる。

でもそれは「自分を好きになる」とは違う。ただ、嫌いな自分を隠してるだけ。

目次

中学の頃から、ずっとこう

自分のことが好きじゃないっていう感覚は、もう10年以上一緒にいる。

中学2年生のとき、好きだった男の子が友達と話してるのを聞いてしまった。「あの子って微妙じゃね?」。あの子、が私のことだったのかは正直わからない。でも私の脳は即座に「あなたのことだよ」って判定した。

そこからずっと、自分の外見に点数をつける癖がある。

電車の窓に映る横顔、マイナス30点。カフェのガラスに映る全身、マイナス20点。写真に写った自分、最低点。

集合写真を撮るとき、いつも端っこに立つ。そのほうが切り取りやすいから。私の部分を切り取って、残りの写真だけ使えばみんな困らないでしょって、本気で思ってる。

性格もそう。人の顔色を見て、場の空気を読んで、自分の意見は飲み込んで。会議で「何かある?」って振られたら「大丈夫です」って答える。大丈夫じゃないときも大丈夫ですって言う。

「優しいよね」って言われることがある。

違う。私は優しいんじゃない。嫌われるのが怖いだけ。相手に合わせて、波風立てないようにして、それで「優しい」って思ってもらえるなら安いものだから。

そういう自分のことが、好きになれるわけがない。

元彼に言われた一言がまだ抜けない

2年前に別れた彼氏。付き合ったのは8ヶ月だった。

彼のことは好きだった。好きだったけど、好きすぎて重くなった。LINEの既読がつかないと不安になって、何通もメッセージを送って。休日に会えない日は一日中スマホを握りしめて、「もしかして飽きた?」「他に好きな人できた?」って聞いてしまう。

自分でも異常だとわかっていた。でも止められなかった。

自分のことを好きになれない人間は、相手の「好き」を信じられない。だからずっと確認し続ける。「まだ好き?」「本当に?」「嘘じゃない?」って。

彼が最後に言った言葉は、いまでも胸に刺さってる。

「お前といると疲れる」

そのとき、悲しいよりも先に「やっぱりな」って思った自分がいた。

やっぱり、こうなる。私みたいな人間と一緒にいたら、相手が消耗する。わかってた。わかってたけど、どうしようもなかった。

それから恋愛はしていない。する気力がない。

マッチングアプリを入れてみたことはある。でもプロフィール写真を選ぶ段階で無理だった。自分の写真を何枚も見返して、どれもダメで、「こんな顔面で誰がいいねするんだよ」って全消しした。

恋愛には、たぶん最低限の自己肯定感がいるんだと思う。「自分を差し出してもいい」って思える程度の、土台みたいなもの。

私にはそれがない。

でも、身体は知らないふりをしてくれない

恋愛を諦めたら、楽になるかと思ってた。

もう誰かを好きにならない。傷つかない。期待しない。それでいいじゃん、って。

実際、頭のほうはけっこう落ち着いた。恋愛ドラマを見ても「ふーん」で済むし、友達の惚気も笑って聞ける。前にも書いたけど、愛がLINEを見せてきた帰り道は正直キツかった。でも、まあ、なんとかやってる。

問題は身体のほうだ。

夜、布団に入ると、急に身体がさみしくなる。頭じゃなくて、身体が。

腕のあたりとか、背中とか、お腹のあたりとか。誰かに触れてほしいっていう信号が、勝手に出てくる。

抱きしめてほしいとか、手を握ってほしいとか、頭を撫でてほしいとか。

言葉にすると恥ずかしい。25歳にもなって、頭撫でてほしいって。子どもかよって自分でも思う。

でも本当にそうなのだ。

仕事で疲れて帰ってきて、お風呂に入って、髪を乾かして、ベッドに入る。その一連の動作の中で、誰の手にも触れない。誰の体温も感じない。自分の体温だけで完結する夜が、もう何百回目になるのかわからない。

枕を抱いて寝ることがある。

バカみたいだけど、何かを抱えてないと、胸のあたりがスカスカして眠れないときがある。

「抱きしめてほしい」は贅沢ですか

ここまで書いて、ふと手が止まった。

自分が書いていることを読み返して、ちょっと引いてる自分がいる。

「自分のこと好きになれない」「恋愛できない」「でも触れてほしい」。

……なにこれ。ワガママすぎない?

自分で自分のこと好きになれないくせに、誰かにはぬくもりを求めるの? 恋愛する努力もしないで、抱きしめてほしいだけ?

もう一人の自分が、すぐにそう言ってくる。

「あなたにそんな資格ないでしょ」

この声が、ずっと頭の中にある。

何かを欲しいと思うたびに、「でもお前は」って。お前は自分のことも好きになれないくせに。お前はすぐ重くなるくせに。お前は顔だって普通以下なのに。

欲しいっていう気持ち自体を、否定されてる感じ。

しかも否定してるのが他人じゃなくて、自分自身だから逃げ場がない。

お風呂の中でぼんやり考えた。

もし私がもっと可愛かったら。もっと明るい性格だったら。もっと自分のことを好きでいられたら。

そしたら普通に恋愛して、普通に彼氏ができて、普通に抱きしめてもらえて、こんなことで悩まなくて済んだのかな。

湯船のお湯が、少しぬるくなっていた。追い焚きのボタンを押す。ぶくぶくと音がして、じんわりあったかくなる。

この温度が、人の体温だったらいいのに。

追い焚きの音が止まって、また静かになったバスルームで、天井のカビのあとをぼんやり数えていた。3つ。先月は2つだった気がする。増えてる。掃除しなきゃ。

資格とか言い出したら、誰も何も求められない

でも、ちょっとだけ思う。

「資格」って、なんだろう。

誰かに触れてほしいと思うのに、資格がいるの? お腹がすいたからごはんを食べるのに、資格がいるの? 眠いから寝るのに、資格がいるの?

触れてほしいっていうのも、たぶん、それくらいシンプルな欲求のはずなのに。

なんで私はそこに「資格」をつけてしまうんだろう。

自己肯定感が高い人は、こんなこと考えないんだろうな。「触れてほしいな」って思ったら、素直に誰かに甘えられるんだろう。彼氏にハグしてって言えるし、友達に肩もたれることもできるし。

私はそれが、できない。

甘えたい。でも甘える資格がないと思ってる。欲しい。でも「お前なんかが」って自分の声が邪魔をする。

この二つがぐるぐる回って、結局いつもベッドの中でひとりで天井を見てる。

誰かに「それでも大丈夫だよ」って言ってほしい。自分のことが好きじゃなくても、ぬくもりを求めていいんだよって。

でもそれを言ってくれる人がいない。いないから、自分で自分に言うしかなくて、自分で自分に言っても全然響かなくて。

自分の言葉じゃ、自分は救えないんだなって思い知る夜が、また来てる。

触れてほしい。でもそれを「寂しいから」って認めたくない。そういう自分に、どうしたらいいのかわからないまま、今日も布団を頭までかぶる。

明日は金曜日。あと一日頑張れば休みだ。

休みになったら何するかは、まだ決めてない。たぶん、何もしない。何もしないで、またこの布団の中で、同じことを考えてるんだと思う。

情けないな。

でも、書けた。今日は、ここまで書けたことだけで、よしとする。

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