日曜の夜、20時ちょっと前。スマホが振動した。画面に「お母さん」の文字。
わかってた。毎月来る。第2日曜か第3日曜の、だいたいこの時間帯。
ワンコール鳴るあいだに、私は深呼吸をひとつして、声のトーンを半音だけ上げる。この準備が必要になったのは、いつからだろう。
「もしもし」
「元気?ごはんちゃんと食べてる?」
来た。いつもの順番。このあと「仕事どう?」が来て、最後に必ずあれが来る。
「最近どうなの?」
母のこの三文字が、私にとっては一番こわい言葉だったりする。
嘘じゃないけど、本当でもない返事
「うん、元気だよ」
「仕事?まあ普通かな」
「ごはんはちゃんと食べてるよ」
全部、嘘ではない。嘘ではないけど、本当でもない。
仕事は普通じゃない。課長に同じこと二度指摘されて3階のトイレで泣いた週もあった。ごはんは菓子パンとコンビニのサラダを交互に食べてるだけだし、元気かどうかは正直自分でもよくわからない。
でも「実はしんどい」なんて言えるわけがない。
言ったら母が心配する。心配されたら次の電話がもっと重くなる。もっと踏み込んでくる。「帰ってきたら?」とか言い出すかもしれない。
そうなったらもう持たない。
だから半音上げた声で「元気だよ」を繰り返す。母の安心と引き換えに、自分の本音に蓋をする。月に一度の、小さな儀式みたいなもの。
心配が、静かに削ってくるもの
心配してくれてるのはわかってる。ありがたいとも思ってる。
でも、その心配が重い。
心配されるってことは、私が「心配される側の人間」だってことだ。それはつまり「うまくいってない」と思われてるってことで。
25歳で、一人暮らしして、毎日会社に行って、それなりに仕事もして。なのに母に心配される。
あなたの娘は大丈夫ですよ、って言いたい。
言いたいのに、どの口が言うんだろう。会社のトイレで泣くのが週に2回くらいある人間が。家に帰っても誰にも触れられない人間が。
母は電話の向こうで少し黙って、「無理しないでね」と言った。
「してないよ」と答えた。嘘だった。
母には見せられない金曜の夜
実家に帰ると、母は私の顔をじっと見る。
「痩せた?」とか「顔色悪くない?」とか。でもそのあと、何も言わないときがある。何も言わないほうがきつい。
たぶん、察してる。察した上で、踏み込まないようにしてくれてる。その優しさが余計にしんどい。
母に見せられない生活がある。
金曜の夜、ひとりでワインを開ける。テレビもつけない。グラスの結露を指でなぞりながら、ぼうっと壁を見てる。
誰かに触れてほしくて、でもそれを口に出す相手がいなくて、布団にもぐって目を閉じるだけ。
朝、枕が少し湿ってることに気づいて、何事もなかったみたいに洗濯機を回す。
こんな生活、見せられるわけない。
「最近どうなの?」って聞かれて、「実はね、誰かにぎゅってされたいんだけど、そういう相手もいなくて、そもそもそんなこと思ってる自分が情けなくて、毎晩なにやってるんだろうって思いながら寝てるんだよね」なんて。
言えるわけない。
お正月の親戚と、母のお茶
帰省のたびに思い出す場面がある。
お正月、親戚が実家に集まる。おばさんたちが順番に聞いてくる。「彼氏できた?」って。悪気はない。「あんたみたいなかわいい子がねえ」とか「いい人いたら紹介するわよ」とか。
「いやあ、ご縁がなくて」って笑ってやり過ごす。もう慣れた。
慣れたけど、慣れたことが悲しい。
母はそのやりとりを聞きながら黙ってる。黙ってお茶を注いでくれる。あの沈黙が、母なりの庇い方なんだと思う。
でもね、お母さん。私が本当に欲しいのは、庇ってもらうことじゃないんだよ。
なんなのかは自分でもうまく言えないけど。たぶん、ただ黙って隣にいてくれる誰かの体温みたいなもの。
それを親に求めるのは25歳としてどうなんだろう。いや、親にすら求められないから困ってるのか。
この辺のこと、考え始めるとぐるぐるして終わらなくなるから、お茶を飲んで話を変える。「おせち美味しいね」って。
帰りの新幹線、喉の奥がぎゅっとなる
帰省の最終日。母が駅まで送ってくれる。改札の前で「体に気をつけてね」って言われる。
「うん」って手を振る。
新幹線に乗って、東京に近づくにつれて、喉の奥がぎゅっとなる。泣きたいのかもしれない。よくわからない。
ただ「体に気をつけてね」の裏にある母の不安が、ずしんと残ってる。大丈夫だよって言いたかった。大丈夫じゃないから言えなかった。
東京駅に着いて、人混みの中を歩いて、マンションのドアを開ける。真っ暗。誰もいない。「ただいま」を言う相手がいない。
さっきまで母がいて、あったかいごはんがあって、「どうなの?」って聞いてくれる人がいたのに。そこから一人の部屋に戻るこの落差が、毎回ちょっとだけ私を壊す。
靴を脱いで、電気もつけないままソファに座った。コートも脱がずに、しばらくそのままでいた。スマホの画面だけが白く光ってて、そのとき思い出したのは全然関係ないことだった。中学のとき、部活の大会で負けた帰りのバス。窓の外を見ながら泣いてたら、隣に座ってた友達が何も言わずに肩をぽんぽんって叩いてくれた。あれ、すごくうれしかったな。
今の私には、肩を叩いてくれる人がいない。それだけの話だ。
増えていく隠しごと
最近、母に隠してることが増えた。
仕事がしんどいこと。友達と会う回数が減ったこと。休日にほとんど外に出なくなったこと。夜、眠れないことがあること。
それだけじゃない。
スマホの検索履歴を毎回消してること。
何を調べてるかは、まだここには書けない。でもそういう自分がいることは事実で、いずれそのことも書くと思う。
母にバレたら。友達にバレたら。そう思うだけで指先が冷たくなる。
別に犯罪をしてるわけじゃない。誰かに迷惑をかけてるわけでもない。
でも知られたくない。母に知られたら、たぶん母は悲しむ。「そんなことしなきゃいけないほど追い詰められてたの」って。その顔を想像するだけで胸が詰まる。
悲しませたくない。でも、今の生活をこのまま続けるのも限界な気がしてる。
もし本音で答えたら
母の「最近どうなの?」に正直に答えたら、どうなるんだろう。
「最近ね、毎日しんどいよ。家に帰ると誰もいなくて、誰かに触れてほしくて、でもそういう相手もいなくて。情けないんだけど、自分でもどうしたらいいかわからないの」
って言ったら。
「帰っておいで」って言うのかな。
「大丈夫だよ」って言うのかな。
たぶんどっちを言われても泣いてしまう。
だから言わない。言えない。「元気だよ」って言い続ける。それしかできない。
自分のことを自分で「大丈夫」って言えないのに、母に「大丈夫」って言う矛盾。それが毎月、電話のたびにやってくる。
次の日曜も、きっと母から電話がくる。
「最近どうなの?」
「うん、元気だよ」
今月もこの嘘をつくんだろうな。
いつか本当のことを話せる日が来るのかな。全部じゃなくてもいい、少しだけでも。
でも今は無理だ。まだ自分の中でも整理がついてないから。
整理がついたとして、話せるかどうかもわからないけど。
スマホを置いて、天井を見る。築30年の1Kの天井は、暗闇の中だと何も見えない。
お母さん、ごめんね。嘘ついてる。
でもいつか、「大丈夫だよ」が本当になる日が来たら、そのときは正直に話す。
来るかな、そんな日。
来てほしいな。

