会社のトイレで泣くのは慣れた。でも家で声出して泣けない

会社のトイレで泣くのは慣れた。でも家で声出して泣けない

昼休み、3階の誰も来ないトイレの個室で声を殺して泣く。

ハンドタオルで音を消して、ティッシュで赤みを押さえて、何事もなかったように席に戻る。それがもう習慣になっている。でも家に帰ると泣けない。

ひとりの部屋では、声を出せない。泣ける場所すら選べない25歳の夜の日記。

目次

3階のトイレの個室は、私だけの泣き場所

今日もやってしまった。

昼休みに、3階の誰も来ないトイレの個室で泣いた。

きっかけは大したことじゃない。課長に資料の修正を頼まれて、「ここ、前も言ったよね?」と言われただけ。たぶん課長に悪気はない。本当にただの確認だったんだと思う。

でも、その一言で喉の奥がぎゅっとなった。目の奥が熱くなって、「あ、これはまずい」と思って、すぐ席を立った。

3階のトイレは穴場だ。あのフロアは会議室しかないから、昼休みは人が来ない。

鍵を閉めて、便座のフタの上に座って、声を殺して泣く。ハンドタオルを口に押し当てると音が漏れない。ティッシュで目頭を押さえると、泣いたあとの赤みが少しだけマシになる。

こういうことに手慣れている自分がいちばん怖い。

5分くらいで切り上げて、鏡で顔を確認して、何事もなかったみたいに席に戻る。「ちょっとお手洗い行ってました」と笑って、午後の仕事を始める。

誰にも気づかれない。もう何回もやってるから。

佐藤さんの「顔色悪いよ」

午後、同期の佐藤さんに声をかけられた。

「最近疲れてない? 顔色悪いよ」

「えー、そう? 寝不足かも」って笑って返す。

本当のこと言えるわけがない。会社のトイレで泣くのが日課になってること。家に帰ったら泣けなくて、夜中にベッドの上で天井を見つめてるだけの日々のこと。

佐藤さんは優しい人だ。でも、こういう話をしたらきっと引く。「それはちょっと……病院行ったほうがいいんじゃない?」って心配そうな顔をされて、そのあと少し距離を置かれる。そういう展開が見えてしまう。

「重い女」になりたくない。「メンヘラ」って思われたくない。

だから笑ってる。大丈夫なふりをする。大丈夫なふりだけ、どんどん上手くなっていく。

佐藤さんがデスクに戻ったあと、さっき泣いたばかりの目でパソコンの画面を見つめた。Excelの数字がにじんで見えたけど、まばたきしたら戻った。こういうリカバリーも慣れたものだ。

泣こうと思って帰ったのに、泣けない夜

帰ってきた。いま、ベッドの上でこれを書いてる。

今日はいつもよりしんどかったから、家に着いたら思い切り泣こうと決めてた。電車の中でずっと「家に帰ったら泣ける」って自分に言い聞かせていた。それだけを支えに、満員電車に揺られていたと思う。

でも、玄関のドアを開けた瞬間、止まった。

真っ暗な部屋。電気をつける。しん、とした空気。冷蔵庫がブーンと低い音を立てている。

泣けない。

さっきまであんなに泣きたかったのに、ひとりになった途端、涙が引っ込んだ。

会社のトイレでは泣けるのに、自分の部屋では泣けない。声を出しても誰にも聞こえない場所なのに、声が出ない。

なんでだろう。

たぶん、わかってる

会社のトイレで泣けるのは、すぐ近くに人がいるからだ。

壁一枚向こうに誰かがいて、この建物の中に何百人もいる。「ここで泣いてるのは私だけだけど、でも一人じゃない場所にいる」っていう安心感がある。だから泣ける。

家は違う。

本当にひとりだ。ここで泣いても、誰にも聞こえない。誰も来ない。

大きな声で泣いたとして、「大丈夫?」って扉を叩いてくれる人はいない。その事実が重すぎて、泣くことすらできなくなる。

泣くって、信頼できる場所じゃないとできないのかもしれない。最近そう思う。そして今の私には、そういう場所が会社の3階のトイレしかないということが、笑えない冗談みたいだ。

布団の中で、自分の腕をさすっている

泣けないまま、ベッドに横になって、なんとなくスマホをいじっていた。

インスタを開く。友達がカフェに行ってる写真。別の子は彼氏と旅行してる。また別の子は猫と遊んでる。

みんなそれぞれの「誰か」と一緒にいる。

私は布団の中で、その画面を見てるだけ。

こういうとき、自分の身体がすごく邪魔に感じる。頭は「ひとりでも大丈夫」って言ってるのに、身体のほうが寂しがってる。腕のあたり、背中、お腹のあたり。誰かに触れてほしいって、身体が勝手に訴えてくる。

布団の中で丸くなって、自分で自分の腕をさすってみる。

……何やってるんだろう、私。

25歳で、こんなことしてる自分が情けない。友達は彼氏とイチャイチャしてて、私はひとりで自分の腕を抱いてる。

でも、やめられない。これをしないと身体の寂しさが収まらないから。

そういえば昔、小学生のとき高熱を出して寝込んだことがある。母がずっと背中をさすってくれて、それだけで安心して眠れた。あのときの手のひらの温度を、まだ覚えている気がする。今の私が欲しいのは、たぶんあれに近い何かだ。でも25歳の自分が母に「背中さすって」なんて言えるわけがない。

この気持ちは前から薄々あったけど、「寂しいから」って認めたくなくて、ずっと蓋をしていた。でも今日みたいな日があると、蓋がずれる。

家で泣けない人間は、どこで泣けばいいの

ネットをぼんやり見ていたら、こんな一文が目に入った。

「触れられないことが続くと、人の心は少しずつ閉じていく」

読んだ瞬間、ぶわっと涙が出た。家なのに。あの、家じゃ泣けないはずの私が、スマホの画面を見ながら泣いた。

だから、こうやって書いてる。誰にも言えないから。友達にも、親にも、ましてや会社の人にも。

カウンセリングに行くほどの悩みなのかもわからない。行ったところで「彼氏作りなよ」って言われたら、もう立ち直れない気がする。

私が欲しいのは、そういうことじゃない。

恋愛とか、彼氏とか、そういう大きなものじゃなくて、もっとシンプルなこと。ただ、誰かに触れてもらいたい。安心して身体を預けられる場所が欲しい。

それだけなのに、この社会にはその「それだけ」を叶える場所がない。

……ないのかな。本当に?

今日一日を振り返る。会社のトイレで泣いて、大丈夫なふりをして、家に帰って泣けなくて、布団の中でひとりで自分の腕をさすって。

こんな毎日を続けてたら、いつか本当に壊れる。トイレで泣くだけじゃ、もう足りなくなってきてる気がする。

情けないけど、もしかしたら私には何かが必要なのかもしれない。

でも、「何か」が何なのか、まだわからない。

わからないけど、今日ここに書いておく。いつかの自分が読み返したとき、「あのとき気づいてたんだな」って思えるように。

もう夜中の2時だ。明日も仕事なのに。

明日もたぶん、3階のトイレに行くんだろうな。

つづく

>>次の日記:「自分へのご褒美」にコスメ買ったけど、本当に欲しいのはそれじゃない

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