職場でいつも通り笑ってたけど、頭の中はずっと予約のこと

職場でいつも通り笑ってたけど、頭の中はずっと予約のこと

お昼休み、いつもの4人でコンビニに行った。先輩に「なんかいいことあった?」と聞かれて、何もないですよと笑った。声が自分でも怖いくらい自然だった。

頭の中ではずっと、昨日閉じ忘れた予約フォームのことを考えていたのに。誰にも言えない秘密を抱えたまま、今日も8時間、笑顔で乗り切った。

目次

8時間ずっと、別のことを考えている

朝、駅のホームに立ったときから今日はずっとだった。

電車の中でつり革を持ちながら、昨日の夜のことを思い出していた。お風呂上がりに、もう自分に嘘はつかないと決めたこと。女性用風俗を使いたいと認めたこと。

あのとき感じた静かな覚悟みたいなものが、朝の満員電車の中でふわっと薄れていく。周りはスーツの人たちばかりで、みんな同じような顔をしてスマホを見ている。

この中に、私と同じことを考えている人っているのかな。

いるわけない、と思ってから、いや、わからないなとも思った。人の頭の中は見えない。私だって今、隣の人からは「ぼんやりスマホ見てるOL」にしか見えていないはず。

改札を通って、エレベーターに乗って、自分のデスクについた。パソコンを起動して、メールを開いて。この一連の動作が、今日はいつもより丁寧だった気がする。ひとつひとつの動きに集中しないと、頭が別の場所に行ってしまうから。

会議中、ペンを回しながら

10時からの定例会議。資料は昨日のうちに目を通してある。

課長の話を聞きながらペンを回す。内容は頭に入ってくる。ちゃんと聞いている。でも脳みその半分くらいは、予約フォームの入力欄のことを考えていた。

名前。電話番号。それから希望日時の欄。

あの画面の配置をなぜこんなにはっきり覚えているんだろう。仕事のマニュアルはすぐ忘れるのに。

会議が終わって席に戻るとき、後輩の女の子に「先輩、今日メイクいい感じですね」と言われた。ありがとう、と返しながら思った。別にいつもと同じなんだけどな。

でも鏡は見ていない。もしかしたら何か違ったのかもしれない。昨日の夜、ひとつ正直になったことが、顔に出てたりするのだろうか。

そんなわけないか。

誰にも言えない秘密を抱えて出社するということ

ランチの話に戻る。

先輩と後輩と同期の4人でコンビニに行って、休憩室で食べた。話題は先輩の推しの俳優のドラマと、同期の彼氏の愚痴。いつもの昼休みだ。

同期が「もう別れたい」と言うのを聞きながら、私は相槌を打っていた。「えー、それはひどいね」「でもさ、好きなんでしょ?」。口が勝手に動く。

こういう会話、得意なほうだと思う。聞き役に回って、ちょうどいいタイミングで共感して、たまに笑わせる。職場での私は、たぶん「感じのいい人」のポジションにいる。

でも今日は、相槌を打つたびに胸のどこかがきゅっとなった。

みんな普通に恋愛の話をしている。彼氏がどうとか、マッチングアプリがどうとか。私だけ、まったく違う場所にいる。

会社のトイレで泣いたあの日のことを思い出した。あのときも、こうやって笑ってたっけ。

違う。あのときはただ辛かっただけだ。今は辛いのとも違う。秘密を持っている、という感覚。ずしっと重いのに、どこか温かい。自分だけが知っていることがある、という不思議な安心感。

変な話だけど、嘘をついている罪悪感と、自分だけの秘密を守っている充実感が、同時にある。

トイレの個室で、3分だけ

午後、トイレに立った。

個室に入って、便座に座って、スマホを開いた。ロック解除して、ブラウザを開いて。

予約フォームのページがまだ残っていた。昨日閉じなかったんだ。

名前の入力欄にカーソルが点滅している。あの画面。

心臓がどくんとした。職場のトイレで、このページを開いている自分。

すぐに画面を消した。ブラウザごと閉じて、ロック画面に戻す。手が少し汗ばんでいるのがわかった。

3分くらいだったと思う。でも妙に長く感じた。

手を洗いながら鏡を見た。普通の顔をしている。少し頬が赤いかもしれないけど、トイレから出るころには戻るだろう。

席に戻ったら、後輩がお菓子をくれた。個包装のクッキー。「これ、おいしいんですよ」。ありがとう、と受け取って、開けて、食べた。チョコチップが入っていて、たしかにおいしかった。

こういう瞬間が、少しだけ救いになる。

帰りの電車で、また考える

定時で上がった。

駅までの道を歩きながら、今日一日を振り返る。普通に仕事した。普通にランチを食べて、普通に笑っていた。

普通の顔して出社してる私、すごくない?

ふとそう思って、少しだけ笑ってしまった。すごいとかすごくないとかの話じゃないのに。

電車に乗って、ドア横のスペースに立った。イヤホンをつけて、音楽を流す。窓に映った自分の顔を見る。仕事帰りの、疲れた女の人の顔。

この人が、女性用風俗の予約をしようとしている。

窓の向こうの景色が流れていく。この電車の中にも、誰にも言えない秘密を抱えている人がいるのかもしれない。朝も同じことを考えたな。

明日も同じ電車に乗って、同じ時間に出社する。先輩や後輩や同期に、おはようございますと言う。コーヒーを淹れて、パソコンを開いて、メールを返す。

頭の中では、ずっと予約のことを考えながら。

いつまでこの状態が続くんだろう。考えているだけで、何も進んでいない。でも昨日の夜、認めたことは嘘じゃなかった。あれは本当の気持ちだった。

家に着いたら、またあのページを開くかもしれない。開かないまま布団に入る夜もある。

今はまだわからない。

電車を降りて、改札を出て、スーパーに寄った。今日の夕飯は何にしよう。カゴにほうれん草とたまごを入れながら、また予約フォームのことが頭をかすめた。

ほうれん草をゆでている間に、スマホを見るだろうか。

たぶん、見る。

次の日記:お金のことより「バレたらどうしよう」が本音。友達にも家族にも絶対言えない

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