お昼休み、コンビニのイートインでおにぎりを食べながら、あのサイトの料金ページを開いてしまった。
「120分 20,000円〜」
その文字列の上で、指が止まった。海苔が手にくっついていることにも気づかないまま、しばらく画面を見つめていた。
おにぎり片手に、女性用風俗の料金表をスクロールした
きっかけは些細なことだった。
午前中、溜まった事務処理をやっつけながら、ふとスマホに手が伸びた。
ロック画面を解除した時点で、もう自分が何を開くかわかっていた。
でもトイレの個室でサイトを見る勇気はなくて、昼休みまで我慢した。
12時15分。おにぎりの封を切って、一口かじって、そのままスマホを片手に料金ページへ。
今まではトップページを開いて閉じるのを繰り返していたのに、今日は違った。「料金・コース」のタブをタップしてしまった。
指が勝手に、とは言わない。自分で押した。
押しておいて「なんで押したんだろう」と思っている。
画面をスクロールすると、コースごとの金額が並んでいる。
90分で15,000円。120分で20,000円。お泊まりコースは100,000円近い。延長は30分ごとにいくら。交通費は別途。ホテル代はお客様負担。
数字の羅列なのに、目が離せなかった。
2万円。
この数字が、頭の中でいろんなものに変換されていく。ランチ20回分。カフェのラテだと40杯くらい。
美容院だと2回分。先月セールで買ったブラウスが5,900円だったから、あれの3枚分以上。
おにぎりの海苔が指に張りついて、それを剥がそうとして、うまく取れなくて、ちょっと苛立った。
なんで私はコンビニのイートインで、おにぎり食べながら女性用風俗の料金なんか調べてるんだろう。
蛍光灯が白い。隣のテーブルで高校生が3人で笑っている。その声がなぜかすごく遠くに聞こえる。
2万円を「高い」と思わなかった自分が怖い
正直、5万とか8万くらいするものだと思っていた。
なんとなくのイメージで、そういうサービスってもっとお金がかかるんだろうなと。だから料金表を開く前は「やっぱり高くて無理だった」って諦める自分を、どこかで期待していたのかもしれない。
でも2万円だった。
最初に浮かんだ言葉は「あ、そのくらいなんだ」。
高いとも安いとも思わなかった。ただ、手が届いてしまう金額だった。
前に書いたけど、貯金が73万ある。そこから2万を出すことは、できてしまう。物理的に、何の無理もなくできてしまう。
もし15万円だったら「やっぱり今の私には難しいな」って、検索を閉じて、おにぎりの残りを食べて、午後の仕事に戻れたと思う。金額が壁になってくれたなら、それを理由に引き返せた。
2万円はその壁にならなかった。
壁がないことが、こんなに怖いとは思わなかった。
帰り道、また頭の中で計算している
昼休みが終わってからは、なんとか仕事に集中した。できた、と思う。たぶん。
でも退勤して駅に向かう途中、また数字のことを考え始めていた。
手取りが22万くらい。家賃7万。光熱費と通信費で1万5千。食費が3万。日用品とか予備費で1万。
自由に使えるお金は、だいたい月に4万前後。
その中の2万円。自由に使える分の半分が、一回で飛ぶ。
重い。
電車の中で、つり革を握りながら考える。今月、何にお金を使ったっけ。
先週、仕事帰りにドラッグストアで衝動買いしたアイシャドウパレットが5,800円。
新色が出たとかで、別に欲しかったわけじゃないのにレジに持っていってしまった。
家に帰って開封して、一回だけ試して、それからポーチの底に沈んでいる。
コンビニのスイーツは週に2、3回買ってるから、月にすると3,000円くらいにはなる。
去年の冬にセールで買って一度も着ていないニットが4,900円。
そういう「なんとなく」の出費を並べたら、2万円くらいにはなるのかもしれない。
自分で自分に言い訳をしている。わかってる。「どうせ無駄遣いしてるんだから、2万円くらい」って理屈をつけようとしている。
そういうふうに考えること自体が、もうけっこうやばい段階なのだと思う。
先輩が「月一エステが生きがい」って言ってた
ふと、職場の先輩のことを思い出した。
32歳の先輩で、月に一回エステに行っているらしい。「私のご褒美なんだよね」と言いながら、帰り際にいそいそと予約確認のメールを見ていた姿が頭に浮かぶ。
あの先輩のエステ代って、いくらくらいなんだろう。フェイシャルとボディで、1回2万とか3万とか、それくらいはするんじゃないか。
エステに月2万、3万使うのは「自分へのご褒美」で済む。
私がいま調べているサービスに2万使うのは、なんと呼べばいいんだろう。
身体のケアに2万円は「投資」で、心のケアに2万円は「贅沢」なのか。
いや、「心のケア」なんてきれいな言葉で呼んでいいのかすらわからない。
電車を降りて、スーパーで夕飯の材料を買う。豚こまが100g98円のやつと、もやし。合計で400円くらい。
400円の夕飯を食べて、2万円のサービスを検討している。この対比がちょっと笑えて、ちょっと泣けた。
「触れてほしい」に値段がついた夜
夕飯を食べて、シャワーを浴びて、髪を乾かしながら、まだ考えていた。ドライヤーの音がうるさいのに、頭の中は静かだった。
あの夜、自分の気持ちに名前をつけた。「寂しい」じゃなくて「触れられたい」だって。
あれからまだそんなに経っていないのに、今日、その気持ちに値段がついた。
120分、2万円。
私の「誰かに触れてほしい」は、120分で2万円。
この一文を頭の中で繰り返して、なんとも言えない気持ちになる。情けないのか、切ないのか、安心したのか。全部が混ざっている。お金を出せば叶うということの安堵と、お金を出さなきゃ叶わないということの悲しさが、同時にある。
ドライヤーを消したら、部屋が急に静かになった。冷蔵庫の低い音だけが聞こえる。
ベッドに座って、またスマホを開く。
今度は料金ページの下の方にあった「よくある質問」を読み始めた。ホテル代は別途かかるのか。交通費はどうなるのか。そういう細かいことが急に気になり始めて、スクロールが止まらない。
2万円だけじゃないんだ。ホテル代が6,000円とか8,000円とかかかるとしたら、合計で3万近くになる。
3万。もやしと豚こまの夕飯75回分。
いや、もうそういう計算はいい。
まだ予約するわけじゃない。たぶん
料金を知ったからって、すぐに予約するわけじゃない。
でも知ってしまった。知る前の自分には戻れない。
「よくわからないけどなんか高そうなサービス」から、「120分2万円で、ホテル代と交通費が別途かかるサービス」に変わってしまった。
ぼんやりした空想に、数字という輪郭がついた。
もし本当に行くなら、コースはどれにするんだろう。
90分と120分で何が違うんだろう。そもそもどこまで何をしてくれるんだろう。
コースの内容とか、デートコースとかホテルコースとか、そのあたりのことも気になり始めている自分がいる。
気になっている、と書いた。書いてしまった。
もう「ちょっと調べてみただけ」じゃない。金額を知って、自分に払えるかどうかを計算して、コースの違いまで知りたがっている。これは「興味本位」ではたぶんない。
あとで「この2万円を自分に使っていいのか」ってもっと深く悩むことになるんだけど、この日はまだそこまで辿り着いていなかった。
ただ数字を知って、それが手の届く金額だったことに、怖さと安堵が半々で混ざっていただけ。
布団に入って、天井を見る。
2万円。
もう一回だけ、あのページを見てから寝ようかな。
やめておこう。
やめておこう、と思いながら、スマホに手が伸びている。画面が暗いまま、指紋認証だけ解除した。開くか開かないか。
このまま寝たほうがいい。明日も仕事だし。
でも料金ページの隣に「セラピスト一覧」ってリンクがあったのは、覚えている。昼間見えた。
覚えているということは、たぶん明日見る。
スマホを枕の横に伏せた。画面を下にして。
目を閉じる。2万円。120分。交通費別。ホテル代別。
数字ばっかり浮かんでくる。眠れるかな、今日。
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