口コミで「普通の人が使ってる」と知って安心したはずだった。
なのに翌日、お弁当の箸が止まっていた。あの人たち、怖くなかったのかな。
知らない男の人と密室にふたりきりで。帰りの電車で「女性用風俗 怖い」と検索する指が止まらない夜の日記。
口コミでは「安心しました」って書いてあったのに

昨日の夜、わりと穏やかに眠れたのだ。
口コミを100件近く読んで、「使ってるのは普通の女の人だった」と知って、私だけじゃなかったんだって思えて、それで少しだけ楽になって。充電ケーブルを繋いでスマホを枕元に置いて、いつもより早く目を閉じた。
なのに今日。仕事中に急に、べつの不安が顔を出してきた。
昼休み、お弁当を食べながらぼんやり考えていたのは、口コミの内容じゃなくて口コミに書かれていなかったことだった。あの人たち、怖くなかったのかな。ホテルの部屋で知らない男の人とふたりきりになるとき、ドアが閉まる瞬間、本当に怖くなかったのかな。
箸が止まっていた。卵焼きの端っこをつまんだまま、たぶん10秒くらい。
安心したはずの気持ちが、一晩で別の形に変わっている。
安心って、こんなにすぐ崩れるものだったんだ。
帰りの電車で「女風 怖い」と打ち込んだ
退勤して、電車に乗った。席が空いていなかったからドア横に立って、つり革を握りながら片手でスマホを開いた。
検索窓に打ったのは「女性用風俗 怖い」。
自分で打っておいて、画面を見た瞬間にぞわっとした。混んでる電車の中で、この検索画面を誰かに見られたらどうしよう。スマホを胸に引き寄せて、少しだけ画面を暗くした。
検索結果がずらっと並んでいる。体験談のブログ、Q&A形式の記事、お店の公式ページのよくある質問。
「初めてで緊張しましたが、セラピストさんが優しくてすぐ安心できました」
「怖かったけど行ってよかったです」
「思ったより全然大丈夫でした」
こういう声が並んでいるのはわかる。わかるけど、私が知りたいのはそこじゃない。
「大丈夫でした」の手前。安心するまでのあいだ、どのくらい怖かったのか。声が震えたのか。逃げ出したくならなかったのか。ドアが閉まった瞬間に、心臓がどうなったのか。
体験談を読みながら、そういう一行をずっと探している。
ある人のブログに「正直、ロビーで待ってるあいだに3回帰ろうと思いました」と書いてあった。
その一文で、少しだけ息ができた。この人も怖かったんだ。怖いまま行った。怖いまま部屋に入って、怖いまま過ごして、結果として「安心しました」と書けるところまでたどり着いた。
この人と私のあいだにあるのは、怖いまま進めたかどうかの差だけだ。
電車が駅に止まった。乗り降りする人の流れにぶつかりそうになって、慌ててスマホをポケットに入れた。
知らない男の人と密室にふたりきり、ということ

家に帰って、シャワーを浴びて、髪を乾かしながらまたスマホを開いていた。
怖いの正体を、自分なりに言葉にしてみようとした。整理というほど立派なものじゃない。ドライヤーの温風に耳元をあぶられながら、頭のなかでぐるぐるしている不安をなんとか捕まえようとしていただけだ。
いちばん大きいのは、たぶんこれだ。
知らない男の人と、密室で、ふたりきり。
普段の生活にはそういう場面がない。美容院には他のお客さんがいる。病院の診察室には看護師さんがいる。会社の会議室はガラス張りで、廊下から見える。
でもこれは、ラブホテルの一室で、ドアを閉めたらそこには二人しかいない。
自分で書いていてお腹が冷たくなる。
口コミには「セラピストさんが紳士的でした」「無理なことは一切ありませんでした」と書いてある。それは本当なんだと思う。100件も読んだんだから、大多数の人がそう感じているのは事実だろう。
でも「大多数」は「全員」じゃない。
頭でわかっていても、身体がついていかない。背中がちりちりする。
断れない自分のことを考えてしまう
もうひとつ、ずっと引っかかっていることがある。
もし何か嫌なことがあったとき、私はちゃんと「やめてください」と言えるのか。
お店のサイトには「お客様のペースに合わせます」「嫌なことはいつでもお申し付けください」と書いてある。セラピストのプロフィールにも「無理はさせません」と。
でもそれを信じるかどうかじゃなくて、そもそも私が「嫌です」と言える人間かどうかの問題なのだ。
思い返してみる。
ファミレスで注文と違うものが来ても、黙って食べる。美容院で思ったより短くされても「いい感じです」と笑う。飲み会で苦手な日本酒を勧められて、グラスを空にした夜のことも覚えている。お腹がずっと痛かった。
こんな私が。密室で。相手が男の人で。しかもお金まで払っている状況で。
「すみません、ちょっとそれは」なんて、言えるだろうか。
2万円払って、途中でやめてもらうなんて申し訳ない、と考えてしまう自分が見える。もう完全に見える。
相手に気を使って、自分を後回しにして、嫌なのに笑って「大丈夫です」って言ってしまう。そういうことをする女だ、私は。
こんなこと書いていたら、まだ予約もしていないのにもう疲れてきた。
行く前から消耗している。
検索してはいけない言葉まで打ってしまった

怖さの正体をもう少しはっきりさせたくて、「女性用風俗 トラブル」と検索した。
打った瞬間に後悔した。
指が勝手に動いていた、と言いたいけれど嘘になる。
怖いなら怖い根拠を集めてしまえと、どこか自棄になっていたのかもしれない。
検索結果に並んでいたのは、やはりそれなりに重い話だった。全部が全部ひどいわけじゃないけど、目に入ってくるフレーズがきつい。
- 「本番を求められた」
- 「断れなかった」
- 「予約と違う対応だった」
数としては少ないのだ。口コミ全体から見れば圧倒的に少数で、しかも個人運営のセラピストも、大手の店も。
- 爆サイ
- ホスラブ
こういった匿名掲示板がやたら目につく。
でも一度見てしまったら消えない。頭の中にぺたっと貼りついて、剥がれない。
スマホをベッドに放り投げて、布団を頭からかぶった。
やめなきゃよかったのに。検索なんかしなきゃよかった。
でも、しないままだったら「もしかしたら」がずっと残ったはずで、どっちに転んでも苦しい。
目を閉じて、しばらく自分の呼吸の音を聞いていた。
夜中の検索は、もぐらたたきに似ている

0時を過ぎてから、布団の中でまたスマホを開いていた。
今度は「女性用風俗 安全」「女風 大丈夫だった」「女風 初めて 安心」。
さっきの怖い検索を上書きするように、安心できる情報を集めにいっている。自分でも滑稽だと思う。
あるブログにこんなことが書いてあった。
「予約後、当日までのあいだにセラピストさんとLINEでやり取りできました。
不安なことを事前に伝えたら、一つひとつ丁寧に返事をくれて、それだけでかなり楽になりました」
いきなり当日に会うわけじゃないのか。事前に連絡が取れるなら、その人の対応で少しは判断できるかもしれない。
それはたしかに安心する情報だった。
でもすぐ、「そのLINEのやり取りが丁寧でも、当日は別人みたいになるかもしれない」という考えが湧いてくる。
一つ安心すると、その奥にもう一つ不安が控えている。
もぐらたたきだ。叩いても叩いても次が出てくる。
全然関係ないことを思い出した。今日の午後、経理の田中さんが「このビル、古いから地震のとき怖いですよね」って言っていた。
隣の席の人が「耐震補強してるから大丈夫ですよ」と返していた。
そのやり取りを横で聞きながら、私は心の中で「大丈夫」という言葉の頼りなさについて考えていた。
耐震補強しても地震は来る。「大丈夫」は確率の話であって、保証ではない。
女風も同じだ。大手のお店を選んで、口コミのいいセラピストを指名して、事前に連絡を取って不安を伝えても、最後は「たぶん大丈夫」としか言えない。
100%の安全なんてどこにもない。
そんなことはわかっているのだ。わかっていて、それでも「大丈夫」を探して検索している。
探しているのは安全の保証じゃなくて、きっと、誰かに「大丈夫だよ」と言ってもらう体験そのものだ。
友達に相談できたら、たぶんこんなに怖くない

友達に「ねえ、女性用風俗って使ったことある?」って聞けたら。
職場の先輩に「初めてのとき怖かったですか?」って尋ねられたら。
お母さんに「こういうサービスがあるんだけどさ」と話せたら。
全部無理だ。
誰にも聞けないから、検索窓に聞いている。知らない人の体験談に「大丈夫だよ」を代弁してもらおうとしている。
画面の文字は温度がないのに、それでも読んでしまうのは、それしか手段がないからだ。
両手のひらが汗ばんでいることに気づいて、シーツで手を拭いた。
スマホの画面を消して、部屋が暗くなった。天井の小さなシミが、暗闇のなかでぼんやり見える。
怖い。正直に書くと、すごく怖い。
知らない男の人と、密室で、ふたりきり。その事実だけで胸がぎゅっとなる。
お店がちゃんとしているとか、セラピストが研修を受けているとか、頭では理解しているのに、身体がまだ納得していない。
頭と身体は別の生きものだ。
でも、怖いからやめる、とは思えなくなっている。
一ヶ月前の私なら「怖いならやめればいいじゃん」と自分に言えたと思う。
でも今は、怖いのに調べるのをやめられない自分がいて、その矛盾ごと抱えたまま布団の中にいる。
怖いけど気になる。気になるけど怖い。この二つがずっと同居していて、どっちも追い出せない。
明日もたぶん、検索する

スマホを枕の横に置いた。画面は消したまま。
今日一日で何回検索しただろう。
- 「女性用風俗 怖い」
- 「女風 安全」
- 「女風 初めて 大丈夫」
- 「女風 断れる」
- 「女風 トラブル」
検索ワードだけ並べたら、自分がどれだけ怯えているか一目瞭然だ。
それでもまだ足りない気がする。
情報が足りないんじゃなくて、安心が足りない。
安心は情報では手に入らないとわかっているのに、他に方法がないから検索する。
充電ケーブルを繋ぎながら、ふと思った。
もし本当にいつか会うことになったら、目の前にセラピストさんが立ったら、私はどんな顔をするんだろう。
真っ白になるのか、泣くのか、逃げ出すのか。
いや、まだそんな先のことは考えなくていい。今夜は今夜の不安だけで十分だ。
昼間にちらっと見かけたページのことを思い出した。
お店のサイトに「よくある質問」みたいなのがあって、そこにホテル代のこととか待ち合わせ場所のこととか、細かい疑問がまとめてあった。
まだちゃんと読んでいない。怖さのことで頭がいっぱいで、そこまで手が回らなかった。
明日、読もうかな。
いや。こう書くとまた「明日にしよう」で先延ばしにする自分がいるから、たぶん今から読む。
布団の中で。また。
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