金曜の夜、またあの体験談を開いた。女性用風俗を初めて使った人のブログ。
もう7回目。同じ文章の同じ箇所で止まって、同じ安心を吸い込もうとしている。
背中を押してくれる言葉を探し続けて、ブックマークだけが増えていく夜の記録。
今夜もまた、同じブックマークを開いている
金曜の夜、23時すぎ。
ベッドの上でスマホを持って、またあのページを開いた。
女性用風俗の体験談ブログ。
もう何回目だろう。ブックマークに入れてあるから、指が自動的にたどり着く。タップ2回で、見慣れた画面が出てくる。
「初めて女風を利用しました」というタイトル。文字が小さいから、画面を少し拡大する。この動作も、もう身体が覚えてしまっている。
今日こそ読んだら決めよう、と思ってページを開いている。
でもこの「今日こそ」が、もう7回目だということに気づいている。気づいているのに、やめられない。
「この人も最初は怖かったんだ」を何度確認すれば気が済むのか
その体験談の書き手は、28歳の会社員だった。
彼氏と別れて1年半、誰にも触れてもらえない生活が続いて、ある夜、女性用風俗を検索したと書いてあった。
最初は罪悪感があったこと。予約の電話をかけるまでに2週間かかったこと。
当日は緊張で手が震えていたこと。
全部、覚えている。何回も読んだから。
初めて体験談を読み漁ったあの夜、同じように「この人も私と同じだ」と思って泣きそうになった。あのときはそれで少し楽になった気がした。
でも今は違う。楽になりたくて読んでいるんじゃない。
背中を押してほしくて読んでいる。
「大丈夫だったよ」「行ってよかった」「最初は怖かったけど」。そういう言葉を、何度も何度も確認している。同じ文章を、同じ箇所で止まって、同じ安心を吸い込もうとしている。
でも安心は、読むたびに薄くなっていく。
1回目に読んだときの「私もできるかも」という気持ちが、7回目にはもうほとんど残っていない。
体験談のなかの「あの一文」を探している
スクロールしていく。もうどこに何が書いてあるか覚えているのに、律儀に上から読む。
途中で、冷蔵庫のほうからカチッと音がした。製氷機が氷を落とす音。
びくっとして画面から顔を上げたけど、当然、部屋には誰もいない。
ひとりだ。金曜の夜、ひとりで布団の中で、女風の体験談を読んでいる。
職場の人が見たらなんて思うだろう。今週、送別会の幹事を頼まれてニコニコ引き受けた私が、夜はこれをしている。
…そういうことを考えるのも、もう慣れた。
画面に目を戻す。探しているのは、体験談の後半にある一文だった。
「行く前の自分に言えるなら、そんなに怖がらなくていいよって言いたい」
この一文を読むために、私は7回もこのページを開いている。
他人の「大丈夫だったよ」が、自分の「大丈夫」の代わりになると思っている。自分で自分に「大丈夫」と言えないから、誰かの体験談に言ってもらおうとしている。
情けない、と思う。
でも、自分の言葉じゃ信じられないのだから仕方がない。
ブックマークが増えていく一方で
体験談は、あのひとつだけじゃない。
ブックマークフォルダを開くと、もう12件くらいある。女風の体験談ブログ、口コミサイトのスクリーンショット、掲示板の書き込み。
口コミを100件くらい読んだときは、使っている人が思ったより普通の女の人たちだったことに安心した。
会社員も主婦も学生もいた。特別な人じゃなかった。
あのとき感じた安心を、今も追いかけている。もっと体験談を読めば、もっと安心できるはずだと思って。
でも12件読んでも、安心は足りない。13件目を読んでも足りないだろうし、20件読んでも同じだと思う。
足りないのは情報じゃない。
覚悟だ。
わかっている。わかっているのに、もう一件だけ、もう一件だけと思ってしまう。
「次の体験談にもっと背中を押してくれる言葉があるかもしれない」と期待してしまう。
こういうの、なんて言うんだろう。先延ばし、だろうな。
もう一回だけ、のあとに
スマホの画面を消した。部屋が暗くなる。
天井を見る。何も見えない。でも目は開けたまま。
体験談をどれだけ読んでも、最終的に予約ボタンを押すのは私自身だということはわかっている。
誰かの「大丈夫だったよ」は、私の「大丈夫」にはならない。他人の経験は他人のもので、私の身体で起こることは私にしかわからない。
そんなこと、頭ではとっくにわかっている。
わかっているのに、布団の中でまたスマホに手が伸びる。画面が光って、ブックマークフォルダが見えて、あの体験談のタイトルが並んでいる。
8回目。
読みながら、ふと、今日のお昼のことを思い出した。会社のロビーにある観葉植物に新しい葉っぱが出ていて、通りすがりに触った。
ちいさくてやわらかくて、ちょっとだけ嬉しかった。
なんでそれを今思い出したのかわからない。体験談と何の関係もない。
でも、あの葉っぱに触れたときの指先の感覚が、妙にはっきり残っている。
触れたい、のかもしれない。やっぱり。何かに。誰かに。
画面をスクロールする手が止まった。体験談の最後の一文が見える。
「行く前の自分に言えるなら、そんなに怖がらなくていいよって言いたい」
8回読んでも、この言葉にはまだ少しだけ力がある。少しだけ。
でも、9回目にはもう効かないかもしれない。
スマホを枕元に置いて、布団を肩まで引き上げた。明日は土曜日。予定はない。また夜になったら、同じことをしているんだろうか。
それとも、明日は違う何かをしているだろうか。
わからない。今はまだ、わからない。

