午前1時、また布団のなかでスマホを握っていた。
検索窓に「女性用風俗 体験談」と打ち込むのはもう3回目。
昨日泣いたばかりなのに、同じことをしている自分が情けない。
開いたブログに「26歳、事務職、彼氏なし」と書いてあった。私とほぼ同じだった。
布団のなかで、また同じことをしている
午前1時を過ぎてた。
明日も仕事なのに、スマホの画面を見る指が止まらない。
検索窓に「女性用風俗 体験談」って打ち込んだのは、たぶん3回目くらいだと思う。
初めてじゃない。初めてじゃないのに、毎回心臓がどきどきする。
昨日、検索履歴を消しながら泣いた。あれだけ惨めな気持ちになったのに、また同じことをしている。
もう消すことにも慣れたくせに、調べることはやめられない。
何がそんなに知りたいのか、自分でもよくわからない。わからないまま指が動いてる。
最初に開いたのは、あるブログだった。「26歳、事務職、彼氏なし」。プロフィール欄にそう書いてあって、心臓が一拍分止まったような感覚があった。
私とほとんど同じだ。
その人の日記が、自分の日記に見えた
そのブログの人は、女性用風俗を初めて利用するまでのことを、すごく正直に書いていた。
怖かったこと。恥ずかしかったこと。「こんなことしてる自分って何なんだろう」って何度も思ったこと。
読んでいて、息が止まりそうだった。画面に並んでいる文字の一つ一つが、私が今まさに感じていることとぴったり重なる。
知らない人のブログなのに、自分の日記を読んでいるみたいだった。
「誰にも触れられない生活が続いて、ある日ふと、お金を払ってでも誰かに抱きしめてもらいたいって思った」
その一文を読んだとき、スマホを握る指に力が入った。画面がにじんだ。
私だけじゃなかった。
たったそれだけのことなのに、目の奥がじわっと熱くなって、布団を顔の下まで引き上げた。鼻をすすった音が、静かな部屋に響いた。
止まらなくなった夜
一つのブログを読み終えると、そのページのリンクから別の人の体験談に飛んでいた。
読んで、また次へ。次を読んで、また別のページへ。指が勝手にタップしている。いや、勝手じゃない。私が読みたくて読んでる。
30代の営業職の人。40代の主婦。大学院生。離婚して3年目という人もいた。
年齢も職業もバラバラなのに、みんなどこか似たようなことを書いている。
「寂しいって認めるのが怖かった」。「自分がこんなサービスを使うなんて思わなかった」。「でも、行ってよかった」。
同じ言葉が、別々の人のブログに何度も出てくる。
胸の奥にずっと居座っている固い塊が、少しだけ溶けるような感覚があった。
自分だけがおかしいんじゃないかもしれない。こんなことを考えてるのが私ひとりじゃないかもしれない。
気づいたらタブが20個以上開いていた。
ふと、全然関係ないことが頭をよぎる。今日の昼休みに同期が「新しいピアス買った」って見せてくれたこと。
左耳に小さいゴールドのフープ。かわいいねって言ったら嬉しそうに笑ってた。
あの子は今頃ぐっすり寝てるんだろうな。深夜1時に女性用風俗の体験談を20件も開いたりしてないだろうな。
画面に目を戻す。また次の体験談を開く。
口コミ欄のほうが、生々しかった
ブログだけじゃなく、あるお店の口コミ欄にもたどり着いた。
体験談のブログとは少し毛色が違って、もっと短くて、もっと剥き出しだった。
一つ、目が止まった口コミがある。
「最初は自分が情けなくて泣きそうだったけど、セラピストさんが優しくて、終わったあとは来てよかったって心から思えました」
情けない。
まさにその言葉。今の私がいちばん感じていること。お金を払って男の人に触れてもらうなんて、情けない。
友達にも家族にも絶対に言えない。
でもこの人は「情けない」を越えて、「来てよかった」にたどり着いている。
その間に何があったんだろう。どんな気持ちの変化があったんだろう。120文字くらいの口コミには書かれていなかった。
知りたいと思った。と同時に、知りたいと思っている自分に気づいて、スマホを布団に押し付けた。
この口コミを書いた人も、私と同じように口コミを読み漁った夜があったのかもしれない。
100件くらい読んで、「普通の女の人」がたくさん使っていると知って、それで少しだけ安心して、でもまだ怖くて、それでも最後には予約ボタンを押した人。
そういう順番で、この口コミの向こう側に一人の女の人がいると思うと、喉の奥がつまった。
午前3時、スマホを閉じられない
目が痛い。画面の光で目の奥がじんじんする。明日は月曜日で、8時半までに会社に着かないといけない。今寝ても5時間しか眠れない。
わかってるのに、もう少しだけ。もう一つだけ。
たぶん私は、体験談の中身を知りたいんじゃない。
誰かに「それでいいよ」って言ってほしくて、その言葉を探している。
女性用風俗に興味を持っている自分を、「おかしくないよ」って肯定してくれる誰かの言葉がほしい。
でもそんなこと、リアルの知り合いには頼めない。
「ねえ聞いて、私さ、女風に興味あるんだけど」なんて、口が裂けても言えない。
だから知らない人のブログに縋ってる。画面の向こう側にいる、会ったこともない人の体験談に。
安心したいだけなんだと思う。安心したいだけで、本当に利用する勇気なんて全然ない。
体験談を書いた人たちは勇気があったんだ。予約する勇気も、行く勇気も、終わったあとにそれを言葉にする勇気も。
私には何もない。勇気がないから、代わりに他人の体験談を読んで「私もいつか」って妄想している。みじめだと思う。みじめだけど、やめられない。
冷静な自分がささやく
「で、結局あなたは何がしたいの?」
その声は、いつも体験談を10件くらい読んだあたりで聞こえてくる。
わかってる。わかってるけど答えられない。
使ってみたいのかもしれない。でも怖い。でも気になる。でも情けない。でもこんなに読んでるってことは。
同じところをぐるぐる回ってるだけだ。
読めば読むほど「行ってみたい」と「私には無理」が両方大きくなっていく。
体験談は背中を押してくれるのかと思ってたけど、押されるたびに自分で後ろに下がってるような感じがする。
スマホを伏せたあとの部屋
午前3時半、さすがに限界でスマホを閉じた。
部屋が真っ暗で、静かで、当たり前だけど誰もいない。さっきまで画面の中にいた人たちの体温みたいなものが、一瞬で消えた。
体験談のなかの女の人たちにも、こんな夜があったんだろうか。
暗い部屋でひとりで、スマホの光に照らされながら、似たようなことを検索して、似たようなことで悩んで、似たように布団を頭までかぶって寝たんだろうか。
あの人たちは、この夜の先に進んだ。
私はまだここにいる。
布団の中で天井を見た。見えないけど見てた。会社の人が知ったらどう思うだろう。
平日の深夜3時に体験談を20件も読んでるって。友達が知ったら引くと思う。お母さんには死んでも言えない。
でもね、あの体験談を書いた人たちも、たぶん同じことを思いながら書いてる。
誰にも言えないけど、どこかに残しておきたかった。同じように悩んでいる誰かに届いてほしかった。だから書いた。
だから今、私はそれを読んで、ほんの少しだけ救われてる。
ほんの少しだけ。
数日経っても残っていること
あの夜から何日か過ぎた。
変わったことがあるとすれば、「女性用風俗を調べている自分」を前ほどは責めなくなったことかもしれない。
まだ恥ずかしいし、情けないとも思う。
でも同じ気持ちの人がたくさんいると知って、自分だけを責め続けるのは少し違う気がしてきた。
使うかどうかはまだわからない。たぶん当分わからない。
ただ、迷っている自分がいることは、もう否定しなくてもいいのかなと思えた。
あの夜読んだ体験談のなかに、こんな一文があった。「迷ってるうちが一番つらい」。本当にそう思う。
でもきっとこの先、また体験談を読み返すんだろう。何回目かもわからなくなるまで。
明日もたぶん、寝る前にスマホを開く。検索履歴を消す。布団をかぶる。目を閉じる。
同じ夜がまた来る。

