「セラピスト」って呼ぶんだ。なんか少しだけ安心した

「セラピスト」って呼ぶんだ。なんか少しだけ安心した

お風呂上がりのドライヤーの音がやかましくて、何も考えたくないはずなのに、頭の中ではずっと同じ言葉がぐるぐるしている。

セラピスト。

さっき、女性用風俗のサイトをいくつか見ていたときに何度も出てきた言葉。最初は読み飛ばしてた。でも3つ目のサイトを開いたあたりで、あれ、って思った。

どこのお店も、男の人のことを「セラピスト」って呼んでいる。

目次

ドライヤーを止めて、もう一回サイトを開いた

髪を乾かし終わって、タオルを洗濯カゴに放り込んで、布団に潜った。

スマホの画面を暗くして、さっき見ていたサイトを開き直す。

もう寝たほうがいいのはわかってる。明日も普通に仕事だし。でも頭にひっかかったものを放っておけない性格で、昔からそうだった。

テスト前日に急に部屋の掃除がしたくなるタイプ。今やるべきことは寝ることなのに。

「セラピスト紹介」というページをタップした。

男の人の写真が並んでいる。口元から下だけの人、横顔だけの人。

それぞれにプロフィールが書いてあって、得意な施術とか、お客さんへのメッセージとか。

このプロフィールをちゃんと読んだのは、もう少し後になる。このときの私は、写真が出てきた瞬間にスクロールの手が止まって、画面の別のところに目を逸らした。まだそこを見る余裕はなかった。

目が止まったのは、ページの上のほうにあった小さい一文。

「当店のセラピストが、あなたの時間に寄り添います」

セラピスト。また出てきた。

なんで「セラピスト」なんだろう

キャストじゃないんだ。スタッフでもない。

風俗なのに、セラピスト。

正直、最初は「うまいこと言うなあ」としか思わなかった。きれいな言葉で包んでるだけでしょ。

中身は同じなのに、呼び方だけ変えて、利用する側の罪悪感を薄めようとしてるんでしょ。そう思った。

でもサイトを3つ、4つと見ていくうちに、どこもかしこも「セラピスト」なのだ。

業界の共通用語みたいになっている。

ということは、これは一つのお店のブランディングとかじゃなくて、女性用風俗っていうサービス全体が選んでいる呼び方なのだと気づいた。

セラピストって、アロマとかマッサージとか、カウンセリングとか、そういう世界で使われる言葉だと思う。

つまり「ケアする人」。

その言葉を、女風が使っている。

ふーん、と思った。ふーん、としか思わなかった、はずなのに。

布団の中で、少しだけ肩の力が抜けたのを感じた。

言葉ひとつで楽になった自分が、また情けない

なんだろう、この感じ。

ここ数日、女性用風俗について調べるたびに胸のあたりがずっとキュッと締まっていた。

「風俗」という二文字が重すぎて、画面を見ているだけで後ろめたくて、自分が何か悪いことをしている気分がずっと抜けなかった。

「風俗を利用する女」。

その言葉が頭にこびりついていて、剥がれなかった。

でも「セラピストの施術を受ける」と言い換えたら。同じことなのに、自分の中のざわつきがほんの少しだけ静かになった。

マッサージに行くのと、そんなに遠くないのかもしれない。整体の予約を取るのと、地続きの行為なのかもしれない。

そう思えた瞬間に、肺のあたりが少し広がった気がした。

でもその直後に、別の感情が来る。

こんな言葉ひとつで安心してる自分が、たまらなく情けない。

呼び方が変わっただけで気持ちが楽になるなんて、どれだけ弱いんだろう。

本質は何も変わっていないのに。お金を払って知らない男の人に触れてもらう。それは「セラピスト」と呼ぼうが「キャスト」と呼ぼうが同じ行為で、事実は1ミリも動いていない。

それなのに、言葉が変わっただけで呼吸が楽になっている自分。

情けないとか、チョロいとか、そういう言葉が浮かぶ。

布団の中でスマホを胸の上に置いて、天井を見た。見えないけど。

今日のお昼のこと

ふと、今日のランチのことを思い出した。

同期と社食に行って、テレビで流れてた占いの話になった。

「今日のラッキーアイテムはハンカチだって」って同期が笑いながら言って、「持ってるじゃん、じゃあ今日いいことあるよ」って返した。どうでもいい会話。

あの同期は、私が夜な夜なこんなサイトを見てるなんて知らない。

「セラピスト」っていう言葉で胸の締めつけが緩んだとか、そんなこと話したら目が点になるだろう。

「何の話?」って聞かれて、説明して、理解してもらうまでに何ステップ必要なんだろう。

まず「女性用風俗って知ってる?」から始めないといけない。その時点でもう無理だ。

だから今日もお昼は「最近Netflixで何見てる?」っていう話をして、午後はいつも通り仕事をして、いつも通り「お疲れさまでした」って言って帰ってきた。

夜の自分と昼の自分が、どんどん離れていく。

言い訳でもいい、と思い始めてる

セラピストという言葉にすがっている。

それは言い訳かもしれない。聞こえのいい呼び方に甘えて、自分のやろうとしていることの本質から目を逸らしているだけかもしれない。

わかってる。わかってるけど。

こうでもしないと、もう一歩も動けないのだ。

「風俗を利用する」だと怖くて無理。「セラピストのケアを受ける」なら、ぎりぎり自分を許せる。そのぎりぎりのラインにしがみついてる。

体験談を読んでいたときに、何人かの人が書いていた。「セラピストさんが話を聞いてくれた」「どうしたいか確認してくれた」「安心できた」って。

もしそれが本当なら、「セラピスト」はただのきれいごとの呼び方じゃないのかもしれない。実際にケアの姿勢がある人たちが、そう呼ばれている。

サイトの向こう側に、来る女の人のことをちゃんと考えてくれてる人がいるのかもしれない。

そう思いたいだけかもしれないけど。思いたいなら思わせてほしい。今は。

でも「私、何やってるんだろう」は消えない

さっきからずっとスマホを握っている。

布団の中、画面の光だけが顔を照らしてる。時計を見たら0時を過ぎてた。

セラピストという言葉で少しだけ楽になった。それは本当。でもそれは「少しだけ」であって、根っこのところにある罪悪感は全然消えていない。

明日会社に行ったら、また同僚とすれ違って、「おはよう」って言って、普通の顔をする。昨日の夜、女性用風俗のセラピストのページを見ていたなんて、誰にも気づかれない。

それがほっとするのか寂しいのか、もうよくわからない。

ひとつだけ言えるのは、昨日までの私はサイトを開くたびに「こんなもの見てる自分が嫌だ」としか思えなかった。

でも今日は、ほんの少しだけ違う目で画面を見ていた。

セラピスト。ケアをする人。

その言葉が、扉を開けてくれたわけじゃない。まだ扉の前にすら立てていない。

でも、扉がある場所だけは、なんとなくわかった気がする。

スマホを枕元に伏せた。検索履歴を消す。もう何回目だろう、この動作。

明日もたぶん同じことをする。でも明日の私は「風俗のサイトを見てる女」じゃなくて「セラピーについて調べてる女」だと、自分に言い聞かせることができる。

それだけで今は、じゅうぶんだと思いたい。思わせて。

→次の日記:公式サイトを開いて5秒で閉じる、を一週間続けた話

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