ブックマークした女性用風俗の公式サイトを、通勤電車で、昼休みに、布団の中で、毎日開いては5秒で閉じる。一週間で8回以上。
「まだ見てるだけ」と自分に言い聞かせるけど、毎日開いている人間が「ちょっと気になっただけ」のわけがない。
わかっているのに、ブックマークを消すこともできない。
月曜日。ブックマークを、指が勝手にタップした
「セラピスト」という言葉を知ってから、少しだけ何かが変わった気がしていた。
気がしていただけだった。
月曜日の朝、通勤電車に揺られながらスマホを見ていた。LINEのグループに既読だけつけて、Xをざっと流し見して、ニュースアプリを開いて。いつもの朝のルーティン。
そのあとだった。
ブックマーク一覧を開いて、女性用風俗の公式サイトをタップしていた。意識したのはページが読み込まれた後だった。
白い背景に、きれいなフォントの文字が並ぶ。美容クリニックか何かのサイトみたい。
5秒。長くて5秒。
トップページが表示されて、スクロールもしないまま、ブラウザを閉じた。隣に座ってるおじさんの視線が気になったわけじゃない。たぶん。
閉じたあと、ニュースアプリに戻って、政治のニュースを読むふりをした。一文字も頭に入ってない。
なんで開いたんだろう。
自分でもわからなかった。ブックマークに入れたのだって、いつだったか覚えていない。
体験談を読んでいたときに、どこかのサイトのリンクを踏んで、そのまま保存していたんだと思う。消そうと思ったことは何回かあるけど、消していない。
火曜日。昼休みに、また
翌日も同じだった。
お昼休み、コンビニで買ったおにぎりをデスクで食べながら、片手でスマホを触っていた。同僚はまだ席を離れていて、フロアに人が少ない。
気づいたらまたあのサイトを開いていた。
今度は少しだけスクロールした。「ご利用の流れ」というバナーが画面の端に見えて、そこで指が止まる。
見たい。見たくない。この両方がぎゅっと同時に来て、結局おにぎりの海苔が手にくっついているのを口実にスマホを置いた。
海苔を剥がしながら、自分が何をしているのかぼんやり考えた。
昼休みのオフィスで、女性用風俗のサイトを見ている。
その事実が頭の中で文字になった瞬間に、首の後ろがカッと熱くなった。
斜め向かいの席に後輩が戻ってきて、「先輩、午後の打ち合わせの資料ってもう印刷しました?」と聞いてきた。
「あ、まだ。今やるね」
普通に答えた。普通の声で。普通の顔で。
水曜日、木曜日、金曜日。同じことの繰り返し
水曜の夜は布団のなかで開いた。画面の明るさを最低にして、薄暗い光が顔に当たる。
この日は「初めてご利用の方へ」というページまでたどり着いた。
予約の手順が3ステップくらいで書いてあって、思ったより簡単そうで、思ったより簡単そうなことが怖かった。
3ステップで予約できてしまう。3ステップで、私は知らない男の人と密室で二人きりになる。
スマホを布団に押し付けて、天井を見た。見えないけど。
木曜は夕方、会社のトイレの個室で開いた。便座に座ったまま、セラピストのプロフィール一覧が載っているページを見つけて、写真の手前で指が止まった。
口元だけの人、横顔だけの人。見たいのに、見たら何かが決定的に進んでしまう気がして、ブラウザごと閉じた。
金曜は、ちょっと違った。
会社帰りに寄ったドラッグストアで、シャンプーを選んでいるときにふと思った。このシャンプーの匂いを、誰かに嗅いでもらうことは当分ないんだろうなって。
そう思ったらまた胸がざわついて、帰りの電車で公式サイトを開いていた。金曜だからか、いつもより長く見た。10秒くらい。5秒じゃなくて10秒。進歩なのか後退なのかわからない。
土曜の夜、たぶん8回目
土曜は一日家にいた。
午前中に掃除して、洗濯して、昼からNetflixをつけて、途中で寝落ちして、起きたら夕方だった。
夜、湯船に浸かりながらぼんやりしていたら、またあのサイトのことが頭をよぎった。お風呂の中でスマホは持ち込まない主義だから、上がってから開いた。
今日はコースのページまで見た。
デートコース。ホテルコース。時間ごとに料金が違う。オプションもある。
ちゃんとしたサービスなんだな、と思った。メニュー表みたいだな、とも思った。レストランのコース料理を選ぶのと同じような画面構成。ただし選ぶのは料理じゃなくて、人に触れてもらう時間。
読んでいたら突然、中学のときの修学旅行を思い出した。
京都の旅館で、クラスの女子5人で同じ部屋に泊まった夜。消灯後にこっそりお菓子を食べながら「好きな人誰?」って聞き合っていた。
あのとき私は、部活の先輩の名前を言った。本当は別の人が好きだったけど、恥ずかしくて嘘をついた。
なんであんなことを思い出したんだろう。たぶん、「本当のことを言えない」という感覚が似ていたんだと思う。あの夜と、今と。
コースのページを閉じた。ブラウザも閉じた。スマホを裏返しにしてテーブルに置いた。
日曜の夜。一週間が経っていた
日曜の夜、布団のなかでまた開いた。
もう数えていないけど、たぶん一週間で8回か9回。毎日最低1回はタップしている。
暗い部屋で、画面の光だけが天井にぼんやり反射する。トップページのキャッチコピーが目に入った。
「あなたの時間を、あなたのために」
きれいな言葉。きれいすぎて、自分には遠い言葉。
私の時間を、私のために使う。それだけのことがなんでこんなに難しいんだろう。
毎週末、一人で過ごして、コスメとか服とかにお金を使って、それを「自分へのご褒美」って呼んで、でも本当にほしいものには手を伸ばせない。
伸ばしかけて、毎回引っ込めている。それが今のこの、5秒で閉じるループ。
サイトを閉じた。閉じてから、ブックマークの一覧を見た。
消そうかと思った。このブックマークを消せば、毎日開くことはなくなる。
URLを覚えているわけじゃないし、検索するところからやり直すのは面倒だから、消してしまえばたぶんそれで終わる。
削除ボタンの上に指を置いた。
置いたまま、3秒くらい止まった。
消せなかった。
消したら、この一週間なかったことになるような気がした。
毎日5秒だけ見ていた、あの画面。あの白い背景と、きれいなフォントと、「あなたのために」っていう言葉。
それを自分の中から消してしまうのが、惜しいとかじゃなくて、怖かった。消したら、もう一度ここに戻ってくる理由がなくなる。戻ってこなくなったら、私はまた蓋をして、何も変わらない日常に戻る。
それは、それで。
たぶん正しいことなんだと思う。元の生活に戻って、普通に会社行って、たまに寂しくなって、でもやり過ごして。そういうのが「普通」で、「まとも」で。
でもこの一週間、毎日5秒だけでもあのサイトを見ていた私は、「普通」から少しだけずれた場所に立っている。そのずれが、苦しいけど、手放したくなかった。
認めたくない。でも、認めないと進めない
一週間前の私は「ちょっと気になっただけ」だった。
でも一週間経った今、毎日欠かさず開いている人間が「ちょっと気になっただけ」なわけがない。
自分でもわかっている。わかっているのに、口に出すと本当になりそうで怖い。
「私は女性用風俗に、ちょっとじゃなく、かなり興味がある」
布団のなかで、声に出さずに唇だけ動かした。
やっぱり無理。恥ずかしくて、枕に顔をうずめた。
明日もたぶん、通勤電車でまたあのサイトを開く。
5秒で閉じて、何事もなかったみたいにイヤホンをして、会社に行く。
このループから抜け出す方法は、ちゃんと向き合うか、完全にやめるか。どっちかしかないのに、どっちも選べないまま一週間が過ぎてしまった。
でも「選べない」っていうのも、たぶんひとつの答えなんだと思う。
今はまだ、選べない。それでいい。それでいいと自分に言い聞かせないと、たぶん眠れない。
スマホを枕元に伏せた。画面が消えて、部屋が暗くなる。
この癖。サイトを開いて、見て、閉じて、を繰り返す癖。のちに予約フォームの前でもまったく同じことをやるんだけど、この時の私はまだそんなこと知らない。
目を閉じた。明日の月曜が、また来る。

